「足が速い子だから合格」はもう終わり?JFAが無料公開で始めたTIDラーニング
2026年6月に、日本サッカー協会(JFA)が「JFA TIDラーニング」っていう学習プログラムを無料で公開されていたのでやってみたんですけど、これ使わない手はないと思いました。
JFA TIDラーニング。すき間時間に少しずつ受講し完了。
— 新ひだかフットボールアカデミー@北欧に学び、サッカーをもっと「遊ぶ」町に (@shin_hidaka_fa) June 11, 2026
スポーツに関わる全日本人が学んでおくべき内容。大学院レベルと言って差し支えないクオリティ。この知識で教える・プレイする双方が変わる予感がする。
流し見て、単に「知ってる・知ってない」みたいに、やっつける講習にしたらもったいない。 pic.twitter.com/ife9NWG8Rj
このeラーニング、JFA IDさえ作れば無料で受講できます。
一気に進めれば1時間もかかりませんが、学術的な裏付けが豊富で、「子どもの見方そのもの」を問う、深い内容でした。
指導者だけじゃなく、保護者も、また他のスポーツ関係者も、今知っておくべき知識が順序よく身につく、よく練られた講座でしたよ。

これだけのノウハウをスルーするのは、ちょっともったいないですよね。
TIDとは?
TIDってのは、Talent Identification Developmentの略字です。
「適性」の「診断」「育成」という意味になります。
要するに、これまでは育成年代のアスリートを「体格が良い」とか「足が速い」みたいな、目に見える能力だけで選ぶ「早期選抜」「エリート育成」が主流だったわけですけど、それもうやめません?って話です。
これは私の見立てなんですけど、JFAは名指しこそしていないものの、クロアチア・サッカーの育成手法を、多少なりとも参考にしていると思うんですよね。
クロアチアって、人口400万人の東欧の小国なのに、W杯で準優勝や3位に入ってるわけですよ。
その育成の中心にある、名門ディナモ・ザグレブのアカデミー育成方針が、今回のTIDが掲げる「一人ひとりを長期的に、将来性も含めて大切に育てる」という考え方とそっくりなんです。
グバルディオルとモドリッチが両立する育成
クロアチア代表が誇る2人のスタープレーヤー、ヨシュコ・グバルディオルとルカ・モドリッチを対比してみると、TIDの本質が分かりやすいです。
まずグバルディオルですけど、2002年生まれのクロアチア代表DFで、いまはマンチェスター・シティでプレーする世界指折りのDFです。
彼は8歳でディナモのアカデミーに入ったときから、体格も技術もズバ抜けていました。まさに「早期選抜」の典型例です。そんなエリートの彼ですら、16歳の頃にディナモ・ザグレブのユースでベンチが続いただけで「サッカーをもうやめて家業の魚屋を継ごうか、バスケに転向しようか」と悩んで、サッカーを諦めかけていた時期があるんですよ。
指導者から「天才」と絶賛されていた子ですら、ちょっと出番を失うと心が折れそうになる。彼を救ったのは、家族の知人による励ましでした。
つまり、早熟な天才であっても、技術や体とは別に「心理面を支えるケア」が絶対に要るということです。
一方で、モドリッチは真逆です。
彼は子どもの頃、体が小さく痩せてガリガリだったせいで、地元の名門ハイデュク・スプリトの入団テストに落ちてるんですよね。要するに早期選抜でアウト。日本なら高校やJクラブユースのセレクションに落ちてキャリアが迷走するタイプの晩成型です。
でも、地元のNKザダルはモドリッチ少年の才能を見逃さず、長期的な視点で5年間かけて育てました。その結果18歳で急成長してディナモ・ザグレブとプロ契約、21歳でA代表選出、23歳で英プレミアのトッテナム移籍。そしてバロンドール受賞なわけです。
早くから体が出来上がってエリート街道を進むグバルディオルみたいな子もいれば、体が小さいがために才能が過小評価されてたモドリッチみたいな子もいる。
そして身体の成長と、技術や心の成長のスピードは、子どもによって全くバラバラ。どちらを育てるか、じゃなく「どちらも育てる」。これがTID的な育成の本質ですよね。
TIDはエリート育成の全否定ではない
じゃあ、TIDが「早期選抜型からの脱却」と言っているのはどういう意味か?っていうと「身体能力を見る必要なし!、これからは技術の時代!」…ってことじゃないですよ。
「体格や足の速さだけで選手をふるい落として、選んだ後は画一的なトレーニングと放ったらかし」というやり方を否定しているんです。
診断の基準で「生物学的年齢を見ろ」と言ったり、「心理社会面を育てろ」と言ったりしているのはそのためです。
いま身体が大きい子が将来恵まれた体格に成長するとは限らないし、大きな体の選手全員が成人と同じようなメニューに耐えられる状態とは限らない、と強く警告しています。
身長が低くても、無理させず睡眠時間をしっかり確保していたら、想定を超える体格になるケースもあります。
最近の事例で、低身長でキーパーでプロは無理と思われていた鈴木彩艶が、ジュニアユースであえて週1回の練習に制限していたら身長がグングン伸びたと記事になっていましたよね。
早期のエリート選手発掘とTIDは対立しません。むしろ科学的な心身のサポートの必要性を訴える内容の講座でした。
日本の「名指導者」というファンタジー
それ以上にヤバいのが、これまで日本でもてはやされてきた「名指導者」と呼ばれる人たちの取り扱いです。
日本の育成現場って、指導者の個人的な主観とか勘・経験、言ってしまえば直感に頼って、1シーズンたまたま目立つ成果を上げた人を「名将」とか言って神格化して、入団希望者が殺到する…みたいな狂乱的な行動が繰り返されてきたわけですよ。でも、そんなものはもう終わりにした方がいいと思うんですよね。(野球の広陵高校のような事件も怖いですよね)
人間(指導者)の直感なんて、心理バイアス(思い込み)の塊だとJFAのTIDラーニングは丸々1章割いて説明してます。
「あいつは気合いが入っている」とか「あいつは伸びる顔をしている」みたいな根拠のない主観のせいで、これまでどれだけの才能が見逃され、潰されてきたかって話です。クロアチアのように「才能ある子どもなんて誰にも見抜けない」「だから全員を特別扱いする」という前提にありませんから。
これではメンタルで潰れかけたグバルディオルの才能も潰してしまうし、体が小さくアウトサイドキックを好むモドリッチの才能を見抜くこともできない。
日本サッカーが科学を軽視し、「勘と経験」に頼った育成を続けている限り、日本にグバルディオルとモドリッチが安定的に誕生するなんて絶対にあり得ないわけです。
だからこそ、客観的なシステムへ
じゃあどうすればいいかっていうと、指導者の直感を排除して、客観的なシステムに落とし込むしかない。
そのための具体的なツールが、今回JFAが提案している「TIDの4コーナーモデル」と「IPD(個別の育成計画)の4ステップ」です。
4コーナーモデルを使って、育成選手の状態を「技術」「戦術」「身体能力(フィジカル)」「心理社会面(メンタル)」という4側面から客観的に評価する。
さらに、IPDの4ステップによって「目標設定・長所短所の洗い出し・アクションプラン・継続サポート」のサイクルを回し、複数の指導者の目で、一人ひとりに合わせた育成計画を立てていく。
これまでの日本みたいに「俺の経験上、こういう奴じゃないとプロになれない」じゃなく、この2つを統合したフレームワークを使って、データとロジックに基づいた計画的な育成にシフトしようよ、というのがこのプログラムの本当の狙い。なかなか挑戦的ですよね。
最後になりますけど、これ、何度も言いますけど「無料」ですからね。
サッカーに関わっている指導者とか保護者で、これだけの客観的なノウハウをタダで学べる機会があるのに、いまだに自分の「古い経験則」にしがみついている人がいたら、それただの情報弱者ですし、子どもの未来を潰していることに気づいた方がいいですよ。
主観を捨てて、さっさと客観的な育成計画の立て方を取り入れる。それが日本のサッカーを確実に前へ進める方法なんじゃないですか?
