ヨガレッスンで手渡される宝物

もう10年以上、
私の日曜朝のクラスに通い続けてくださっている
75歳のヨーギがいる。

ほぼ毎週。

もともと他の場所で長くヨガをされていて
たまたま参加した私のクラスを
気に入ってくださったらしい。

ヴィンヤサを取り入れた動きも多く
それなりに負荷の高いクラスなのだが

その方はいつも
一番前にマットを敷いて受けてくださっている。

素直に、嬉しい。

日曜朝のこのクラスは
スクール設立当初から続けていて
今年で18年目になる。

参加者は
下は小学生から上は75歳。

国籍も
中国、韓国、台湾、モンゴル、イタリアと
実にさまざま。

男女比もばらばら。

普段はトレーニングをメインで指導しているが
この一般クラスは私の中で少し特別な時間だ。

言うなれば
教会のミサのようなもの。

日曜の朝
なんちゃって神父になったつもりで

ヨガ哲学に絡めた
たわいもない私の人生談を
参加者たちとシェアする。

18年間続けても
まったく飽きない。

どれだけ富を手に入れても
私はこのクラスを決して手放さないだろう。

なぜなら 

ヨガを教えているようで
実は私はこのクラスを通して

人生の一番大切な時間を
みんなと一緒に生きさせてもらっているからだ。

そしてその時間は
きっと静かに
思い出になり

私たちの人生そのものになっていく。

人の人生は
こういう何気ない時間の積み重ねで
できているのだから。

いつか日曜朝のレッスンがリードできなくなった時

私は必ず思い返すだろう。

あの日曜の朝の光の中で
多くの生徒たちと笑いながら過ごした
あの時間は

ヨガをこよなく愛し続けた私に手渡された
神様からの特別なプレゼントだったのだと。

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