「べイヴィー」を名乗った男
次男。あぁ、永遠のマイスウィート。
末っ子の席を妹に明け渡すことになったものの、その愛らしいフォルムに魅了された僕らは、「愛でる」以外の知的教育を半ば放棄してきた。
結果、全くモノを知らない原始的な君を爆誕させてしまったようだ。
「パパァ!漏れちゃった!」
夜中に大声で呼び出され、シーツを洗わなくてはならないという無慈悲な宣告。でも、怒りは湧かない。いや、それは無理があるな…怒りが湧いた後に、眠そうで少しだけ申し訳なさそうな表情がかわいくて、ハァンてなる。許してしまう。
「ママには言わないで、ナイショにしてね…」
「いいよ。内緒にしとこうね」
「ありがと。バレちゃうとおもうけどね…」
カ行の発音はタ行になりがちだ。
カタカナは読めない。
時計も読めない。曜日も分かってない。
約束という概念もよく分かってない。
よくキレる。
人が嫌がることを、全力で楽しむ。
いつまで経っても直らない言い間違いが多い。
ただいま!→おかえり!
メガネ→でらめ
チョコ→こちょ
ねるねるねるね→ぬるぬるぬるね
ソーセージ→そうそろじ
ポテト→とてぽ
ラムネ→だるめ
よこ→うしろ
しまじろう→はじまるー
乱暴者で兄を泣かせることもあるが、父はよく知っている。妹や、自分より小さい子にはとびきり優しいことを。
遡ると、2歳の頃の次男は自分のことを
「べイヴィー」
と呼んでいた。
兄は「にーに」
お腹は「ぽんぽん」
ウルトラマンは「ジャッ」
保育園は「せんせー」
ごみは「みー」
なぜ自分のことを「べイヴィー」と呼んでいたのか…今でも不思議でならない。
親がベイビーとでも呼んでいるんだろうと思われるような気がして、少し恥ずかしかったのを覚えている。昭和のロッケンローラーみたいな感じでかわいかったが。
「ぽんぽんいてて…ぜー、ほちぃ」
これは訳すと
「お腹痛いから、ゼリーよこせ」
となるわけだが、この「ぽんぽんいてて」を願望を叶える魔法と勘違いしたのか、何するにも枕詞みたいに使うようになって困ったこともあったっけ。
ところで、僕の顔面には、それはそれは魅力的なほくろがいくつかあるのだが、妻が、その面妖と散りばめられた黒点を指差して
「ねえねえ!これなーんだ!」
と次男に尋ねては、
「みー!(ごみ)」
と言わせてゲラゲラ笑っていたのもこの頃だ。
これら全て、数年内の話なのに、もう遠い過去のように感じる。思い出せることも断片的で、生々しい感触は消えかけている。
今朝、目を覚ますと、既に次男が寝室にいなくて
「ととろのさいごのうたおねがいします!
ととろのさいごのうたおねがいします!」
リビングでひとり、FireTVのリモコンに向かって懸命に呪文唱えていた。全く反応してなかったけど。
そう、これが子どもが家庭にいることの味わいだ。どうして、こんな素晴らしい記憶を、僕らは簡単に忘れてしまうのだろう…
だから、今日も書かねばならない。
この豊かさを忘れないために。
収蔵No.026
