財布の中の、ミリオネア ── ゼロだらけの通貨「リラ」の思い出
海外旅行で、慣れない通貨に戸惑ったことは、ないだろうか。
桁が多すぎて、頭の中の計算が追いつかない。レジの前で、手のひらの小銭とお札を、店員に差し出して選んでもらう——あの心細さ。
うんうん、と頷いてくれる方も多いと思う。
僕の場合、それが6年間、毎日続いた。
1994年、ミラノ。
当時のイタリアの通貨は、ユーロではなく「リラ」だった。
このリラ、とにかくゼロが多い。
バールのエスプレッソが、だいたい1,500リラ。
ピッツァを食べれば、数万リラ。
月給ともなれば——単位は、軽く「百万」を超える。
つまり、イタリアで働くサラリーマンは、全員が「ミリオネア(百万長者)」だった。
給料日、明細のゼロの行列を眺めては、
(おお……俺は今、百万長者だ……)
と、一瞬だけ、いい気分になれた。もちろん、気分だけである。
困るのは、日々の支払いだ。
「ダミラ・チンクエチェント(2,500)」なんて言われても、耳が追いつかない。
お札を見れば、1,000、5,000、10,000、50,000……ゼロの数を、指で数える。
レジの前で固まる東洋人に、後ろの列から、あの独特の「まだ?」の空気が流れてくる。
慣れるまで、財布を開くたびに、ちょっとした算数のテストだった。

そして、ここからが、ちょっと自慢である。
僕がミラノを離れたのは、1999年。
その後まもなく、イタリアの街からリラは姿を消し、ユーロに置き換わった。
つまり僕は、あのゼロだらけのリラだけで6年間を暮らした、最後の世代のひとりなのだ。
いまイタリアを旅しても、支払いはスマートにユーロ。
ゼロを指で数える、あの慌ただしくも愛おしい時間は、もうどこにもない。
ゼロの行列に翻弄された日々も、
過ぎてしまえば、勲章のようなものです。
——ミリオネアの気分、もう一度だけ、味わってみたい気もしますが。
これで、ミラノ生活の「はじまりの頃」の話は、ひと区切り。
明日からは、また新しい引き出しを開けていきます。チャオ!
