とんかつだ、と思った。ーミラノ風カツレツ
異国の食卓は感動の連続だったけれど、ときどき、無性に日本の味が恋しくなる。 そんなある日、メニューに「Cotoletta alla Milanese(コトレッタ・アッラ・ミラネーゼ)」の文字を見つけて、僕は迷わず指をさした。 カツレツ。きっと、あのとんかつに近いものが出てくる。そう思っていた。
運ばれてきた皿を見て、思わず声が出た。 薄い。そして、大きい。 黄金色に揚がった一枚が、楕円の皿の両端から、ぺろんとはみ出している。
ソースもない。山盛りのキャベツもない。 添えられているのは、くし形のレモンが、ただひとつ。
ナイフを入れると、サクッ、と軽い音がした。 衣はバターで揚げられているのか、油とは違う、ふくよかな香りが立ちのぼる。 レモンをぎゅっと搾ると、脂の余韻を、酸味がすっと断ち切っていく。
そのとき、ふと気づいた。 カツレツ。とんかつ。 同じ料理が、はるばる海を渡って日本にたどり着き、ソースをまとい、ご飯の相棒になった——。 目の前の一枚は、いわば、とんかつの遠い親戚だった。
食べ物は、国境を越えるとき、その土地の顔になる。 言葉も通じない異国の片隅で、僕は皿からはみ出した一枚に、料理が旅してきた長い時間を見ていた。 自宅でも最近作っていないので久しぶりにミラノ風カツレツを作ろうと思う。生レモンも買って。うちの家族は辛い物、すっぱいものが苦手
なのでここが難しい。その時はレモンは端に添えることにしよう。
これで、「はじめて食べた味」三部作はおしまい。 明日からは、ミラノの会社で出会った、ちょっと(いや、かなり)個性的な同僚たちの話を。 一発目は——ミスをすると真顔で「次やったら原爆を落とすぞ」と言ってくる、経理のおじさんです。
