見出し画像

NICUってどんなところ?

〜NICUで初めて小さな命に触れた日。すーちゃんの体重がなかなか増えなかった4か月〜

はじめまして。
僕は、13歳年上の妻・ひとみと、2人の子どもを育てている父親です。
作業療法士として精神科領域で働いた経験があり、現在は就労支援の仕事に携わっています。
このブログでは、夫婦関係、妊娠、出産、育児、メンタルのことなど、僕たち家族が実際に経験したことを、できるだけきれいごとだけにせず書いています。

長女のすーちゃんは、予定よりもかなり早く生まれました。
出生時の体重は、796g。
身長は、30.5cm。
数字だけを見ると、あまりにも小さく感じるかもしれません。
でも、僕たちにとっては、間違いなくそこにいる一人の命でした。

小さくても、ちゃんと生きている。
小さくても、必死に呼吸している。
小さくても、僕たちの子どもとして生まれてきてくれた。
すーちゃんは、緊急帝王切開で生まれました。
僕は立ち会い出産を希望していましたが、立ち会うことはできませんでした。

そして、生まれてすぐに、すーちゃんはNICUへ入りました。
赤ちゃんが生まれたら、母親の腕の中に抱かれる。
数日後には、家族で一緒に家へ帰る。
どこかで、そんな出産を当たり前のように想像していました。
でも、現実は違いました。

僕たちの育児は、自宅ではなく、NICUへ通うところから始まりました。

NICUとは何か

NICUとは、英語の「Neonatal Intensive Care Unit」の頭文字を取った言葉です。
日本語では、新生児集中治療室と呼ばれます。

生まれたばかりの赤ちゃんの中でも、呼吸、心拍、体温、栄養などについて、専門的な治療や管理が必要な赤ちゃんが入院する場所です。

NICUには、さまざまな赤ちゃんが入院します。

・予定日よりも早く生まれた赤ちゃん
・小さな体重で生まれた赤ちゃん
・自分だけでは十分に呼吸することが難しい赤ちゃん
・心臓や消化器などに病気がある赤ちゃん
・感染症の疑いがある赤ちゃん
・低血糖や強い黄疸などの管理が必要な赤ちゃん
・出産時に酸素が不足するなどのトラブルがあった赤ちゃん

NICUでは、医師や看護師が24時間体制で赤ちゃんを見守ります。
赤ちゃんの状態に応じて、次のような治療や管理が行われます。

・心拍数や呼吸状態のモニタリング
・血液中の酸素の状態を確認する酸素飽和度の測定
・人工呼吸器や酸素による呼吸のサポート
・点滴による水分や栄養の管理
・胃へつながるチューブを使った栄養管理
・保育器による体温や湿度の管理
・黄疸に対する光線療法
・感染症やさまざまな病気の検査と治療

NICUでの集中治療を終え、赤ちゃんの状態が安定してくると、GCUへ移ることがあります。
GCUは、NICUよりも状態が安定した赤ちゃんが、退院に向けて過ごす場所です。

ミルクを飲む練習、沐浴、オムツ交換、服薬、親子で長く過ごす練習などを行いながら、自宅へ帰る準備を進めていきます。
言葉だけで説明すると、NICUはこのような場所です。
でも、初めてNICUに入った時に感じる空気は、説明だけでは伝えきれません。

保育器。
モニター。
点滴。
赤ちゃんの小さな身体。
聞き慣れないアラーム音。
静かな緊張感。
看護師さんたちの丁寧な動き。
命を守るために置かれた、たくさんの医療機器。

そこは、僕が想像していた普通の新生児室とは、まったく違う空間でした。

NICUは「怖い場所」であり、「命を守る場所」でもあった

初めてNICUに入った時、正直に言うと、怖かったです。

赤ちゃんが小さい。
身体にたくさんの管や機械がついている。
モニターから音が鳴る。
少し数値が変わるだけで、不安になる。
何かあったらどうしよう。
この子は大丈夫なのか。
ちゃんと大きくなれるのか。
いつ退院できるのか。

将来、何か影響が残るのではないか。
頭の中に、たくさんの不安が一気に広がりました。

赤ちゃんが生まれたら、嬉しい気持ちでいっぱいになる。
そんなふうに思っていました。

もちろん、すーちゃんが生まれてきてくれたことは嬉しかったです。
でも、その嬉しさのすぐ隣には、強い不安がありました。

嬉しい。
でも、怖い。
生まれてきてくれてありがたい。
でも、この先が心配。
会えるのが嬉しい。
でも、毎回NICUを出て帰るのがつらい。
そうした気持ちが、ずっと同時にありました。

ただ、NICUで過ごすうちに、少しずつ別の見方もできるようになりました。

ここには、すーちゃんの呼吸を見てくれる人がいる。
体温を管理してくれる人がいる。
必要な栄養を考えてくれる人がいる。
小さな体重の変化を見守ってくれる人がいる。
僕たちでは気づけない変化に、すぐ気づいてくれる人がいる。

NICUは、不安になる場所でした。
でも同時に、小さな命を守るために、たくさんの専門職が関わってくれている場所でもありました。

NICUは、赤ちゃんを親から離す場所ではありません。
赤ちゃんが家族と一緒に生活できる日を目指して、命と成長を支えてくれる場所でした。

796gで生まれた、すーちゃん

出生時の体重が2,500g未満の赤ちゃんは、一般的に低出生体重児と呼ばれます。
さらに、体重によって次のように分類されます。

・2,500g未満は、低出生体重児
・1,500g未満は、極低出生体重児
・1,000g未満は、超低出生体重児

すーちゃんは796gで生まれたため、超低出生体重児にあたります。
小さな身体を見た時、胸が締め付けられるような感覚がありました。

「よく生まれてきてくれた」

そう思う一方で

「本当に大丈夫なのだろうか」
「ちゃんと育つのだろうか」
「後遺症が残ったらどうしよう」
「無事に退院できるのだろうか」

という不安もありました。

喜びと不安は、どちらか一方ではありませんでした。
どちらも、本当の気持ちでした。

NICUにいる間は、昨日安心できたことが、今日も安心できるとは限りません。

少し体重が増えれば嬉しい。
でも、翌日に減れば不安になる。
呼吸が安定すれば安心する。
でも、また酸素が必要になると怖くなる。
ミルクを飲めれば嬉しい。
でも、疲れて飲めないと心配になる。

毎日が、不安と希望の繰り返しでした。

4月26日、すーちゃんが生まれた日

すーちゃんが生まれたのは、4月26日です。

※伸び悩んだYouTubeを掲載しておきます💦

体重は796g。
身長は30.5cm。
本当に小さな身体でした。
翌日の4月27日には、出生届を提出しました。

出生届を提出することで、この子が生まれたことが、法律上、社会の中に記録されます。

名前がある。
戸籍に記録される。
僕たちの子どもとして、生まれてきた。
でも、家にはいない。
ベビーベッドも、服も、オムツも準備してあるのに、赤ちゃんはNICUにいる。

この感覚は、なかなか言葉にできません。
赤ちゃんが生まれたのに、家族の生活が自宅で始まらない。

家に帰っても、赤ちゃんの泣き声は聞こえない。
抱っこしたくても、好きな時に抱っこできない。
夜に目が覚めても、赤ちゃんの様子を見ることはできない。
喜びがあるのに、心にずっと空白があるような感覚でした。

それが、NICUから始まる僕たちの育児でした。


光線療法と、ひとみの術後の痛み

4月29日、すーちゃんは黄疸に対する光線療法を受けました。
小さな身体が、医療の中で守られている。
その姿を見るたびに、ありがたさと怖さが同時にありました。
医療がなければ、この命を守ることは難しかったかもしれない。
そう思うと、医師や看護師の方々には感謝しかありません。

しかし「この子には、これだけの医療が必要なのだ」という現実を見せられているようにも感じました。
その頃、ひとみは帝王切開後の麻酔が切れ、傷の痛みが強くなっていました。

赤ちゃんがNICUにいる不安。
帝王切開の傷の痛み。
産後の身体の回復。
思うように動けない現実。

赤ちゃんに会いに行きたくても、身体がついてこない。
母親になるというのは、命を産む感動だけではありません。

身体に傷が残ります。
痛みがあります。
出血があります。

思うように動けない期間があります。
それでも、赤ちゃんのことが気になります。

僕も父親として不安でした。
でも、ひとみは自分の身体の痛みを抱えながら、すーちゃんのことを考えていました。
僕はその姿を見て、帝王切開は決して「楽な出産」ではないと、改めて感じました。

5月、少しずつ見えてきた変化

5月3日。
すーちゃんの体重は945gになりました。

そして、目を開けました。

目が開いた。
言葉にすると、それだけのことに聞こえるかもしれません。
でも、NICUにいる親にとっては、とても大きな出来事でした。

「見えているのかな」
「僕たちのことを感じているのかな」
「少し成長したのかな」

そんなことを考えました。

5月5日には、小さな手で僕たちの指をつかんでくれました。
握る力は本当に弱く、小さなものでした。

でも、僕にとっては、ものすごく大きな力でした。

「この子は生きている」
「ちゃんと反応している」
「この子も頑張っている」
そう感じました。

小さな手に指を握られただけで、
「父親として、この子を守りたい」
という気持ちが強くなりました。

体重が増えることが、こんなに嬉しいとは思わなかった

NICUにいる間、すーちゃんの体重は、とても大切な数字でした。

・5月17日、1,069g
この頃、初めてベビーローションを使い、へその緒も取れました。

・5月24日、1,185g

・5月26日、身長37cm

・5月31日、1,352g
少しずつ、数字が増えていきました。

大人にとって、10gや20gは、ほとんど気にしない数字かもしれません。
食事や水分だけでも変わってしまう程度の数字です。

でも、NICUにいる赤ちゃんと、その家族にとって、その10gは希望でした。

10g増えただけでも嬉しい。
少し減っただけで不安になる。
ミルクを飲めたら安心する。
飲めないと心配になる。
呼吸が安定していればほっとする。
モニターの音が鳴ると、心臓が縮むように感じる。

「今日も生きている」
「少し大きくなった」
「昨日よりも、少し退院に近づいたかもしれない」
体重が増えるたびに、そう思いました。

ただ、体重は毎日一直線に増えるわけではありません。
治療や体内の水分量、ミルクの量などによって、増えたり減ったりします。
頭では分かっていても、数字を見るたびに気持ちは揺れました。
NICUにいる親にとって、数字は単なる数字ではありません。
その日の希望や不安が表れたものでもありました。

6月、初めて抱っこできた日

6月4日には、呼吸を助ける酸素が軽くなりました。
点滴も、足から手へ変わりました。

そして、6月7日。
すーちゃんの体重は1,252gでした。
この日、僕たちは初めてすーちゃんを抱っこすることができました。

赤ちゃんが生まれたら、すぐに抱っこできる。
僕は、どこかでそう思っていました。
でも、すーちゃんの場合は違いました。

小さすぎる身体。
呼吸の管理。
点滴。
モニター。
保育器。

抱っこしたい気持ちはあっても、安全に抱ける状態になるまで待つ必要がありました。
だから、初めて抱っこできた日は、本当に特別でした。

小さい。
軽い。
でも、温かい。

抱っこすること自体が怖かったです。

こんなに小さな命を、自分が抱いても大丈夫なのだろうか。
壊してしまわないだろうか。
苦しくないだろうか。
痛くないだろうか。
自分の腕の位置は、これで合っているのだろうか。

不安ばかりでした。

それでも、腕の中にいるすーちゃんの体温を感じた時「ちゃんと生きている」と思いました。
保育器の外で、小さな命が自分の腕の中にいる。
その感覚は、今でも忘れられません。
父親になったのは、出生届を提出した日なのかもしれません。
でも、僕が父親になったことを強く実感したのは、この日だったようにも思います。

口からミルクを飲めることが、大きな一歩だった

6月14日。
口から飲む練習が始まりました。

6月20日。
すーちゃんの体重は1,512g。
初めてミルクを飲みました。

6月25日。
ミルク31gを約6分で飲めました。

赤ちゃんがミルクを飲む。
普通に考えれば、当たり前のことに見えるかもしれません。
でも、NICUにいる赤ちゃんにとって、口からミルクを飲むこと自体が大きな成長でした。

ミルクを吸う。
飲み込む。
その間も呼吸する。
疲れすぎずに続ける。
必要な量を飲む。
飲んだものを身体の成長につなげる。

赤ちゃんにとって、ミルクを飲むことは、いくつもの働きを同時に行う大きな活動です。

作業療法士の視点で見ると、これは単なる食事ではありません。

・身体を安定させる姿勢
・口や舌の動き
・吸う力
・飲み込む力
・呼吸とのタイミング
・起きている状態を保つ力
・飲み続ける体力

こうした要素が合わさって、初めて安全に飲むことができます。
すーちゃんがミルクを飲めた日は、親としても、作業療法士としても、とても大きな出来事でした。

「口から飲めた」
その一つが、退院へ向かうための大きな一歩でした。

臍ヘルニア、酸素、そして保育器からコットへ

6月18日頃。
臍ヘルニアが見られるようになりました。

6月23日。
体重が1,599gになりました。
一度は酸素による補助がなくなったように見えましたが、その後、再び酸素が必要になった時期もありました。

6月26日。
体重は1,670g、身長は40cmになりました。

6月29日。
保育器からコットへ移りました。

酸素が軽くなる。
また必要になる。

少し良くなったと思ったら、不安なことが起きる。
でも、保育器から出ることができる。

NICUでの回復は、一直線ではありませんでした。

良くなった。
少し戻った。
また前に進んだ。
その繰り返しです。

親の心も、そのたびに揺れます。

「良くなってきた」
「もう大丈夫かもしれない」
「でも、また酸素が必要になった」
「本当に退院できるのだろうか」

何度も期待して、何度も不安になりました。

回復は、いつも順調に右肩上がりで進むとは限りません。
それでも、少しずつ、確かに前へ進んでいました。

保育器からコットへ移れた日は、「すーちゃんが、また一つ大きくなった」と感じられた日でした。

NICUからGCUへ

7月6日。
すーちゃんは、NICUからGCUへ移りました。
この日は、僕たちにとって大きな節目でした。

NICUとGCUは、役割が異なります。

・NICUは、呼吸や循環などの集中治療や、厳重な管理が必要な赤ちゃんが過ごす場所です。
・GCUは、状態が安定してきた赤ちゃんが、治療や成長の確認を続けながら、退院に向けた準備を進める場所です。

GCUでは、家族も赤ちゃんのお世話に少しずつ参加していきます。

・オムツ交換
・ミルク
・沐浴
・抱っこ
・服薬の確認
・赤ちゃんの状態の見方
・退院後の生活に関する説明

NICUからGCUへ移ることは、「集中治療の段階を一つ越えた」ということでもありました。
「少し退院に近づいた」そんな感覚がありました。

ただ、嬉しさと同時に、新しい不安も出てきました。

「本当に家で見られるのだろうか」
「夜中に何かあったらどうしよう」
「呼吸は大丈夫なのだろうか」
「ミルクは足りているのだろうか」
「体重は増え続けてくれるのだろうか」

病院にいれば、医師や看護師がすぐそばにいます。
でも、退院した後は、家族が赤ちゃんの様子を見ていかなければなりません。

退院に近づくことは嬉しい。
でも同時に、病院という安心できる環境から離れる怖さもありました。

7月、2,000gを超えた日

7月に入ると、体重の増加や、沐浴、ミルクの記録が少しずつ増えていきました。

・7月1日、1,788g
・7月2日、1,814g
・7月3日、1,852g
・7月7日、1,954g
・7月9日、1,982g
・7月11日、2,030g

2,000gを超えた。

この数字は、僕たちにとって、とても大きなものでした。
もちろん、2,000gを超えたからといって、すべての心配がなくなるわけではありません。

体重だけで退院が決まるわけでもありません。

呼吸が安定しているか。
体温を保てるか。
口から必要な量を飲めるか。
体重が継続して増えているか。
退院後も安全に生活できるか。

さまざまなことを確認する必要があります。

それでも、796gで生まれたすーちゃんが、2,000gを超えた。
その事実だけで、胸が熱くなりました。

「ここまで来た」
「本当に大きくなった」
「少しずつ、退院が見えてきた」

そう思いました。

1日面会、沐浴、ミルク。親になる練習

7月15日には、父親である僕が1日面会をしました。

沐浴をする。
ミルクをあげる。
またミルクをあげる。
赤ちゃんの様子を見る。

7月17日には、ひとみが1日面会をしました。
NICUやGCUでは、赤ちゃんだけでなく、親も少しずつ練習していきます。

・オムツを替える
・ミルクをあげる
・沐浴する
・抱っこする
・赤ちゃんの泣き方を見る
・ミルクを飲む量や疲れ方を見る
・呼吸や顔色を見る
・体重の変化を確認する

最初は、親なのに何もできないように感じました。

赤ちゃんは保育器の中。
周りには医療者がいる。
触ることにも緊張する。

何かをするたびに、看護師さんへ確認する。
自分は、ただ見ているだけのように感じることもありました。
でも、少しずつできることが増えていきました。

声をかける。
手を添える。
オムツを替える。
抱っこする。
ミルクをあげる。
沐浴する。
記録を残す。
今日の体重を確認する。

親としてできることは、最初からたくさんあるわけではありませんでした。
でも、小さな関わりを積み重ねることで、僕たちも少しずつ親になっていきました。

NICUの記録を残しておいてよかった

NICUで過ごす時間は、家族にとって特別な時間です。

写真を撮りたい。
動画を残したい。
体重を記録したい。
今日できたことを残したい。

そう思う人も多いと思います。

ただし、NICUでの撮影には、病院ごとのルールがあります。
他の赤ちゃんや家族、スタッフ、個人情報が書かれたものが写り込まないように配慮する必要があります。
医療機器についても、撮影できる範囲を病院へ確認した方が安心です。
写真や動画以外にも、次のような記録を残しておくと、後から大切な家族の記録になります。

・その日の体重
・身長
・ミルクを飲んだ量
・初めて目を開けた日
・初めて指を握ってくれた日
・初めて抱っこできた日
・初めてミルクを飲めた日
・初めて沐浴した日
・酸素の量が軽くなった日
・保育器からコットへ移った日
・NICUからGCUへ移った日
・医師や看護師から説明されたこと
・その日の自分の気持ち
・不安だったこと
・嬉しかったこと

NICUにいる時は、先のことを考えるだけで精いっぱいです。
記録を残す余裕がない日もあります。

だから、無理に毎日書く必要はありません。

一言だけでも構いません。

「今日は10g増えた」
「初めて抱っこした」
「今日は怖かった」
「ミルクを飲めて嬉しかった」

それだけでも、後から見返せば、その日の気持ちを思い出せます。
NICUの記録は、見返すと涙が出ることがあります。
でも、それは確かに、家族で過ごし、乗り越えてきた時間です。

NICUでは、スマートフォンの持ち込みができませんでした。
しかし、デジタルカメラや電波を発しないカメラであれば持ち込んで撮影してもよいですよと、言ってくださりました。

ちょっと高かったですが奮発をしてDJIカメラをAmazonで購入していました。
これは中田敦彦氏が家族と出かける際に、動画撮影でも使用することがあるカメラです。

手持ちカメラで手振れも多少であれば自動補正されるので、"使い慣れると"とても使い勝手が良いです。
(はじめは操作やコントロールが難しいです💦)

興味のある方はぜひ活用してみてください♪

8月、退院が近づいてきた

8月1日。
すーちゃんの体重は2,616g。
ひとみが1日面会をしました。

8月2日。
体重は2,662g。
僕が1日同室をしました。
この頃になると、退院が少しずつ現実になってきました。

嬉しい。
でも、怖い。

病院なら、何かあればすぐに医師や看護師が来てくれます。
でも、家に帰れば、自分たちで見ていかなければなりません。

「ミルクは足りているのか」
「呼吸は大丈夫なのか」
「体重は増えていくのか」
「夜中に何かあったら、どうすればいいのか」
「泣き止まない時は、どうしたらいいのか」
「顔色が悪いように見えたら、どこまで様子を見ていいのか」

退院は、ゴールのように見えます。
でも、実際には、新しい生活のスタートです。

NICUから家へ帰るということは、医療者に守られていた環境から、家族で赤ちゃんを見守る生活へ変わることでもありました。

そのため、退院前の同室やお世話の練習は、とても大切でした。
ただ方法を覚えるだけではありません。

分からないことを、その場で看護師さんに聞く。
赤ちゃんの様子を見ながら、自分たちでもお世話ができるという感覚を持つ。
不安を一つずつ言葉にする。

そうした時間が、退院後の生活への準備になりました。

8月27日、退院

・8月15日、3,054g
・8月21日、3,212g
・8月24日、3,328g
・8月26日、3,474g

そして、8月27日。
すーちゃんは、体重3,448gで退院しました。

4月26日に796gで生まれてから、約4か月。

本当に長い時間でした。
やっと家へ帰れる。
家族で一緒に生活できる。
嬉しかったです。

でも、心のどこかには不安もありました。

「本当に大丈夫だろうか」
「家でちゃんと見ていけるだろうか」
「何かあった時、すぐに気づけるだろうか」

それでも、すーちゃんが退院できたことは、僕たち家族にとって、本当に大きな出来事でした。
赤ちゃんが生まれたら、一緒に家へ帰る。
そんな当たり前だと思っていたことを、僕たちは約4か月待ちました。

自宅に赤ちゃんがいる。
泣き声が聞こえる。
ミルクを作る。
オムツを替える。
夜中に起きる。
眠れない。

そうした大変な育児の日常さえ、当時の僕たちにとっては、やっと始めることができた家族の生活でした。

おばあちゃんに会わせたかった

すーちゃんが退院した頃、僕の実母は、がんで入院していました。
肺にも転移していて、呼吸も苦しそうでした。
僕にとって、すーちゃんは新しく生まれてきた命でした。
一方で、母は命の終わりに近づいている状態でした。

命が生まれる。
命が終わりに近づく。
その両方が、同じ時期にありました。

だから僕は、母にすーちゃんの顔を見せたいと思っていました。

「この子が生まれたよ」
「796gで生まれて、NICUで頑張ったよ」
「やっと退院できたよ」

そう伝えたかったです。

すーちゃんをおばあちゃんに会わせることができた時間は、僕にとって大切な記憶です。

すーちゃん本人は、当時のことを覚えていないと思います。
それでも、僕の中には残っています。
新しく生まれた命を、母に見せることができた。
命がつながったように感じた時間でした。

ただ、それをひとことでまとめることはできません。

嬉しい。
でも、母の状態は悪い。
すーちゃんが退院できた。
でも、母との別れは近づいている。

喜びと悲しみが重なった、複雑な時間でした。

NICUの費用と利用できる制度

NICUへの入院が決まると、赤ちゃんの命や健康だけでなく、医療費について不安になる人もいると思います。
NICUで行われる医療は高度なため、医療費そのものは高額になる場合があります。

ただし、実際の自己負担については、健康保険や自治体の助成制度によって軽減されることがあります。
確認したい主な制度には、次のようなものがあります。

赤ちゃんの健康保険への加入

赤ちゃんを、父親または母親の健康保険へ加入させます。
出生後、勤務先や加入している健康保険へ早めに確認します。

子どもの医療費助成

自治体が、子どもの医療費の全部または一部を助成する制度です。
対象年齢、自己負担、申請方法は自治体によって異なります。

未熟児養育医療

身体の発育が未熟な状態で生まれ、入院して治療や養育を受ける必要があると医師が判断した赤ちゃんについて、医療費の一部を公費で負担する制度です。
対象となる条件や、保護者の所得に応じた負担の有無などは、自治体へ確認する必要があります。

高額療養費制度

保険診療の自己負担額が、所得に応じた上限を超えた場合に利用できる可能性があります。

児童手当

赤ちゃんが生まれた後、自治体へ申請します。
申請が遅れると、支給開始が遅れる場合があるため、期限を確認しておきます。

自治体独自の支援

自治体によっては、低出生体重児や多胎児、子育て世帯を対象とした相談、訪問支援、助成などを行っている場合があります。
NICUに入院すると、気持ちの負担だけでなく、手続きも増えます。

・出生届
・健康保険への加入
・子どもの医療費助成
・児童手当
・未熟児養育医療
・勤務先への連絡
・育休の手続き
・医療費や民間保険の確認

こういう時こそ、父親やパートナーが主体的に動く必要があると思います。
母親は、出産直後の身体で本当に大変です。
帝王切開後であれば、起き上がることや歩くことさえつらい時期があります。

そこへ、赤ちゃんがNICUに入った不安も重なります。
だから、役所や保険、勤務先の手続きは、父親側が積極的に担当した方がよいと思います。

「何をしたらいいか分からない」
で止まるのではなく、
「必要な手続きを一緒に確認しよう」
「今日は自分が役所へ行く」
「保険のことは自分が調べる」

と動くことが、母親と赤ちゃんを支えることにつながります。

未熟児網膜症や発達のフォロー

小さく、予定よりも早く生まれた赤ちゃんは、退院した後も、成長や発達について継続的なフォローを受けることがあります。

その一つに、未熟児網膜症があります。

未熟児網膜症は、早く生まれた赤ちゃんの目の網膜で、血管の発達に変化が起こる病気です。
出生体重や在胎週数、赤ちゃんの全身状態などに応じて、眼科医による検査が行われます。

こうした病名や検査の話を聞くと、親は不安になります。

「目は大丈夫なのか」
「発達は大丈夫なのか」
「後遺症は残らないのか」
「将来、歩いたり話したりできるのか」

不安になるのは、当然のことです。

でも、大切なのは、不安を感じてはいけないと思うことでも、先のことをすべて悪い方向へ考えることでもありません。
大切なのは、必要なフォローを受け続けることです。

・小児科での定期受診
・眼科検査
・身体の成長の確認
・運動発達の確認
・言葉やコミュニケーションの確認
・必要に応じた療育やリハビリ
・自治体の乳幼児健診
・保健師への相談

早く生まれた赤ちゃんでは、実際に生まれた日から計算する月齢だけでなく、出産予定日を基準にした修正月齢で発達を見ることがあります。

周囲の同じ月齢の子どもと比べて、「遅れている」と焦りすぎないことも大切です。
親がすべてを判断しなくても大丈夫です。

医師、看護師、保健師、助産師、作業療法士、理学療法士、言語聴覚士、心理職、療育機関など、頼れる人はたくさんいます。

不安を一人で抱えず、「気になっていることがある」と相談することが、必要な支援につながる第一歩になります。

NICUで学んだこと

NICUで過ごした約4か月で、僕はたくさんのことを学びました。

・命は、当たり前に生まれ、当たり前に育つものではないこと
・赤ちゃんは小さくても、生きようとする力を持っていること
・親は、赤ちゃんが生まれた瞬間から完璧な親になれるわけではないこと
・医師や看護師をはじめとする医療者の支えが、本当に大きいこと
・体重が10g増えただけで、泣きそうになるほど嬉しいこと
・ミルクを飲むことや、自分で呼吸することは、当たり前ではないこと
・母親の身体の負担を、軽く見てはいけないこと
・父親は、できることがないと決めつけず、できることを探して動く必要があること

そして、強く感じたのは、小さく生まれた命を、「かわいそう」という言葉だけで見ないことです。

すーちゃんは、小さく生まれました。
796gでした。
NICUに入りました。
なかなか体重が増えませんでした。
約4か月入院しました。
確かに、大変なことはたくさんありました。

でも、すーちゃんは、かわいそうなだけの存在ではありません。
生きようとしていた命です。
少しずつ大きくなった命です。
僕たちを、父親と母親にしてくれた命です。

小さく生まれたことを、「かわいそう」だけで終わらせたくない

早く生まれたこと。
小さく生まれたこと。
NICUに入ったこと。

それは、確かに大変なことでした。

不安でした。
怖かったです。

この先どうなるのか、分からない日々でした。
僕はすーちゃんのことを、「かわいそうな子」というよりも「たくましい子」と思っています。
もちろん、本人が経験した治療や入院を軽く考えるつもりはありません。

苦しいこともあったと思います。
身体に負担もあったと思います。

それでも、僕がすーちゃんに一番強く思うのは
「よく生まれてきてくれた」
「よく生きてくれた」
「よく大きくなってくれた」
ということです。

796gで生まれたすーちゃんが、3,448gで退院した。
それは、すーちゃん自身が生き、成長してきた記録です。
医師や看護師をはじめとする医療者の方々が、命を支えてくれた記録です。
そして、僕たち夫婦が、少しずつ親になっていった記録でもあります。

最後に

NICUは、怖い場所でした。
でも、命を守る場所でした。

すーちゃんの体重がなかなか増えなかった約4か月は、僕たちにとって不安の連続でした。
同時に、僕たちが親として少しずつ育ててもらった時間でもありました。

目を開いた日。
指をつかんでくれた日。
初めて抱っこできた日。
初めてミルクを飲めた日。
保育器からコットへ移った日。
NICUからGCUへ移った日。
1日同室をした日。
退院できた日。
おばあちゃんに会わせることができた日。

その全部が、今の僕たち家族につながっています。

NICUで過ごした時間は、決して楽な時間ではありませんでした。
思い出すと、今でも胸が苦しくなる場面があります。

もっと何かできたのではないか。
あの時のすーちゃんは、どんな気持ちだったのだろう。
ひとみは、どれほど痛く、不安だったのだろう。

そう考えることもあります。
でも、あの時間があったから、僕は命の重さを知りました。

赤ちゃんが生きていること。
呼吸していること。
ミルクを飲めること。
抱っこできること。
家族で一緒に家へ帰れること。

それらは、決して当たり前ではありませんでした。

そして今、すーちゃんが大きな事故や重い病気もなく育ってくれていることを、本当にありがたく思っています。
保育器の中にいた小さな赤ちゃんが、今は家の中を歩き、笑い、泣き、僕たちを困らせることもあります。
その何気ない毎日が、僕たちにとっては大切なものです。

すーちゃん。
小さな身体で生まれてきてくれて、ありがとう。
NICUで頑張ってくれて、ありがとう。
僕たちを、父親と母親にしてくれて、ありがとう。

次回は、「父親になるってどんな感覚? 母親になるってどんな感覚?」について書いていきます。

妊娠が分かった時。
出産への不安が大きくなった時。
緊急帝王切開が決まった時。
僕が出産に立ち会えなかった時。
NICUで小さな命に初めて触れた時。
ひとみが帝王切開後の痛みと向き合っていた時。

父親として、何ができたのか。
何ができなかったのか。

母親は、身体の痛みと不安の中で、何を感じていたのか。
親になるという感覚を、きれいな言葉だけではなく、現実の気持ちとして書いていきます。

#人生立て直しノート
#13歳差夫婦
#夫婦関係
#妊娠
#出産
#緊急帝王切開
#NICU
#GCU
#低出生体重児
#超低出生体重児
#早産
#子育て
#メンタルケア
#生きづらさ
#家族の記録
#作業療法士
#人生を立て直す
#結婚
#育児
#HSP


いいなと思ったら応援しよう!

しんじ|13歳差夫婦の人生立て直しノート【水・土20時投稿】 よろしければ応援お願いします🌱 いただいたチップは、記事執筆・本づくり・発信活動を続けるために 大切に、とても大切に使わせていただきます!