離婚後の6年間、私はずっと「綱渡り」だった
うつと孤独、そして息子が就職するまでの、あと2年。
離婚してから6年。
私はずっと、細い糸の上を歩くような
「綱渡り」の人生を送ってきました。
時折、猛烈な後悔に襲われる日もあります。
それでも、今日まで
なんとか生き延びてきました。
離婚前と、離婚後のあまりにも激しい落差。
そして、今抱えている限界について。
今日は、少しだけ書かせてください。
専業主婦という「守られた檻」から、荒野へ 🏜️
離婚前、私は専業主婦でした。
自由にお金を使える生活ではありませんでしたが、
衣・食・住に困ることはありませんでした。
「生活」だけは、
確かに、そこにありました。
私には、帰れる実家がありません。
だからこそ、離婚は
退路を断つような決断でした。
何年も悩み、葛藤し、
それでも選んだ離婚。
でも、離婚した瞬間の私は
前向きでも、希望に満ちていたわけでもありません。
正直、
自暴自棄に近い状態でした。
「もう、どうでもいい」
そんな気持ちで、
人を信じられなくなり、
誰にも心を開けなくなっていました。
「誰も助けてくれない」という現実と、休めない6年間 🕊️
離婚して、身にしみて分かったことがあります。
お金の不安は、
自分で解決するしかない。
誰かに相談したところで、
通帳の数字が増えるわけではない。
そう悟ったとき、
私は他人に頼ることをやめました。
この6年間、
うつ病で動けなくなる日も
本当にたくさんありました。
それでも、
休むことはできませんでした。
家事には休みがなく、
息子は、私の病気を理解してくれなかった。
仕事、生活、育児。
すべてが綱渡りのまま、
気づけば6年が過ぎていました。
体が先に出した「限界」のサイン 🚨
最近は、
心が追いつく前に
体が先に悲鳴を上げるようになりました。
仕事の出勤日。
通院の日。
美容院に行くだけの日。
外出の予定があるだけで、
過敏性腸症候群の症状が出てしまう。
「行かなければならない」
そのプレッシャーだけで、
体が拒絶反応を起こしてしまうのです。
孤独は、「守るための選択」だった 🌙
「孤独で、寂しくないですか?」
そう聞かれれば、
確かに、孤独です。
でもこの6年間、
誰かと会うエネルギーすら残っていませんでした。
恋愛をする余裕も、
人と会う時間も、なかった。
誰かと会えば、
気を使って、帰宅後にどっと疲れてしまう。
ただでさえ少ない
自分の時間が、
さらに削られてしまう感覚がありました。
だから私は、
一人で生きていく道を選んだのだと思います。
それは前向きな選択というより、
これ以上、自分を削られないための防衛策でした。
あと2年。途方に暮れる夜の中で ⏳
処方される薬は増え、
飲んでも涙が止まらない夜もあります。
それでも、
仕事をして、
家事をして、
副業にも食らいついてきました。
この6年間、
心から「ほっとした」と思えた日は、
一度もありませんでした。
息子が就職するまで、あと2年。
「あと2年、
私の気力と体力は持つのだろうか」
そう思って、
途方に暮れる夜も正直多いです。

今の私の、いちばんの願い 🫧
今の私の、いちばんの願い。
それは
「本当は、何もしたくない」
ただ、それだけです。
おわりに 🌿
この6年間が、
正解だったのかどうか。
今も、答えは出ていません。
「この選択は、本当に間違いだったのだろうか」
その問いを抱えながら、
私は今日も、
頼りない糸の上を
一歩だけ、進んでいます。
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