喜びの賞味期限が3秒しかない人は、ツール開発に向いています
こんにちは、シノです。
わたし、心配性です。
ツールを作って動かしたとき、「よし、動いた!」の3秒後には「もし途中で止まったらどうしよう」と考えている。
さらに5秒後には「使う人がここじゃなくてあっちを先に押したらどうなるんだろう」まで想像している。
喜びの賞味期限が短すぎる。
我ながらどうかと思います(笑)
でもこの性格、ツール開発にはかなり向いているんです。
「もしも」が浮かばないと、守れない
プログラミングやツール開発には「エラー処理」というものがあります。
簡単に言うと、「うまくいかなかったときに、どうするか」をあらかじめ書いておくこと。
たとえば、ツールがインターネットを使って何かを取りに行く場面があるとします。
通信状態が良ければ問題ない。
でも、Wi-Fiが不安定だったら?
サーバーが混んでいたら?
そのとき何も対策を書いていなければ、ツールはそのまま止まるか、おかしな動きをしてしまう。
このエラー処理を入れるには「もし、こうなったらどうしよう」というネガティブな想像力が必要なんです。
楽観的に「まあ大丈夫でしょ」と思える人は、たぶん日常生活では生きやすい。
でもツール開発においては、「大丈夫じゃなかったときのこと」をどれだけ想像できるかが勝負だったりする。
心配性の出番です。
使う人は、作った人の思い通りには動かない
もうひとつ大事なことがあって、ツールを使う人は、自分が想定した通りの手順で使ってくれるとは限りません。
ここを押してからこっちを入力してほしい。
でも実際には逆の順番で触る人もいるし、空欄のまま次に進もうとする人もいる。
入力欄に全角で数字を入れる人だっている。
これ、サービス業の経験がある人なら感覚的にわかると思うんですよね。
飲食店で「お好きな席にどうぞ」と言ったら、まさかそこに座る? という場所に座るお客様がいる。
案内の導線を作っても、人は想像の斜め上の動きをする。
それが普通なんです。
だから「こう使ってくれるはず」じゃなくて、「こう使わない人がいたらどうなるか」を先に考える。臆病な人ほど、この想像が自然にできる。
任天堂に学ぶ、やさしさの設計
ツールを作るとき、わたしがいつも参考にしているのが任天堂のゲームです。
任天堂のゲームって、遊んでみると気づくんですが、初心者が迷わないようにものすごく丁寧に設計されているんですよね。
チュートリアルも押しつけがましくないのに、いつの間にか操作を覚えている。
わかりやすくて、しかも楽しい。
説明書を読まなくても遊べるようになっている。
わたし、いまだにWiiが好きでたまに遊ぶんですが、Wiiのコンセプトが本当にすごいなと思うんです。
「おばあちゃんと孫が一緒に楽しめるゲーム」。
これって、ゲームに詳しい人だけを相手にしていない、ということ。
初めてコントローラーを握る人が、怖がらずに遊べること。
何をすればいいかが、見ればわかること。
あれは「ユーザーが迷うかもしれない」「ここでつまずくかもしれない」という心配を、とことん想像した人たちが作っているからこそ成り立っている設計なんだと思います。
臆病は、やさしさの原材料
心配性で、ビビりで、「もしダメだったら」がすぐ頭をよぎる人。
その性格、ツール開発ではかなりの強みです。
エラー処理を入れるのも、使う人の導線を整えるのも、全部「うまくいかないかもしれない」を想像するところから始まるから。
臆病さは、使う人へのやさしさの原材料みたいなもので。
自分が怖がっているぶんだけ、相手がつまずかない仕組みを作れる。
ネガティブな想像力をネガティブなまま終わらせず、「じゃあ先に手を打っておこう」に変換する。
それがツール開発の面白いところだなと、心配性のわたしは思っています。
それでは、シノでした!
