飛騨・富山うまいもの:富山紀行番外編
2026年7月17日~20日まで、飛騨市神岡、富山市、高岡市、南砺市と旅行に行ってまいりました。旅行での一番の楽しみはやはりうまいもの!ですね。今回もたくさんの美味しいものを食べることができました(ちょっと太っちゃった…)。
一日目は神岡の「江馬氏城館跡」を見てから、飛騨古川の「ともえホテル」に宿泊しました。夕食は食べきれないほど!串刺しのお魚も囲炉裏で焼いたアツアツのものを頂きました。




2日目は富山市へ。娘が行きたがっていた「ガラス美術館」へ。1階は銀行になっていて、さらに同じビルに図書館が入っているという面白い作りでした。





夜は、「ANAクラウンプラザホテル富山」に宿泊。

この中では三笑楽が一番飲みやすかったなー


実はコンビニで「清酒 佐々成政」を買い込んで、旅行から帰って来て家で飲みました。すごく飲みやすくて美味しかったです。越中の人たちは、成政を大事にしている人たちが多いと思います。
成政は治水事業に優れていたといわれ、統治中に様々な治水工事(佐々堤、神通川・いたち川の改修)を行っています。この「清酒 佐々成政」は彼の伝説*にちなんで、南砺市の成政酒造で作られている地酒です。
*前田と争っている時に、医王山の手前にある城山に成政の砦があったが、前田軍は砦南側の谷川をせき止めて水を汲めなくした。しかし、成政が砦の西側の岩間に槍を突き刺したところ水が湧き出した。成政は砦から引き上げる際に、地元の農民たちに槍を預けた。
この酒の仕込み水は医王山麓から湧き出る名水「槍の先の湧水(槍ノ光の水)」が使用してあるそうです。もうちょっとたくさん買ってこればよかった…
佐々成政には、愛妾を無実の罪で残虐に殺害したという「早百合伝説」があり、彼を横暴な武将として知らしめました。しかし、近年ではその後この地を支配した前田家や、講談などの脚色によるものだという説が強くなっています。同じように、井波城陥落の時に佐々軍が抜け穴から侵入したという伝説(「焼き餅ばばあ」)も、餅の買い取りと交換に穴の場所を聞き出すという裏切り行為を唆したとされています。これもまた後年の前田家の脚色が強いように思います。前の統治者へ寄せる同情心は現在の主君への反抗心につながりかねません。「負ければ賊軍」になってしまうのは歴史の常とはいえ、気の毒な気もします。
さて3日目は、高岡市へ移動しました。1日ではとてもすべてを見ることができず、また必ず再訪したいです。夜は南砺市にある「桜ヶ池クアガーデン」に宿泊。地元の人たちが訪れるプール&温泉施設に宿泊できるのです。旅行の楽しみは温泉も!ですよね。神経痛に効くナトリウム・カルシウム塩化物泉で、ゆったり浸かりました。



北陸は水がきれいで、米も魚も旨いし、勿論酒はサイコーでいうことなしですね。近いうちに今度は小浜に抜ける鯖街道に行きますよ!
参考
「戦国越中を行く」 北日本新聞社
「佐々成政」 遠藤和子 サイマル出版社
