「水呑百姓の復権」考

水呑百姓と言えば、食うものもろくに食えず、水を飲んで空腹をしのぐしかない貧しい農家、というイメージが強い。私も小中学校の社会でそう習った覚えがある。ところが歴史学者の網野善彦氏の調査によると、違う姿が見えてくる。

能登半島の水呑百姓を調べると、船大工などの加工業に携わっていた。能登半島は江戸時代、船運がさかんで、収入のメインは農業以外から得ていたらしい。つまり、今の言葉でいえば「兼業農家」。田畑を耕していないわけではないけど、収入のメインが農業でない人を戸籍上「水呑百姓」としていたらしい。

このあたりの事情は地域にもよるようだが、江戸時代にも兼業農家はいて、しかも収入のメインを農業以外から得ていた「第二重兼業農家」がいた、という点は、大変興味深い。農村は農業しかやらない場所ではなく、さまざまな加工業も担う、多様な職業の人たちがいた場所だった可能性がある。

なぜか戦後日本では、農家なら農業一本で生きていく専業農家が偉いし、兼業農家のことをナンチャッテ農家として見下していた面があるように思う。そのためか、どうしても小規模な田畑しか耕せない兼業農家なんか見捨てて、大規模農家だけを支援しようという流れが、戦後の日本の農政で続いた。

その結果、どうなったか。確かに今では100haを超える大規模農家が増える一方、小規模な兼業農家は姿を消していった。その意味では農政は大成功だったかもしれないが、一つ落とし穴があった。中山間地の崩壊。

中山間地とは、斜面が多くて広い平地が確保できない場所のこと。ここから人がいなくなった。大規模農業をやろうにも、1枚の田んぼを広くとることができず、狭い田畑をチョコマカと耕すしかないので、手間がかかる。そんな非効率な場所、見捨ててしまえ!という意見も少なくなく、どんどん人が減った。

しかし、中山間地は、獣害や水害から平地の人たちを守ってくれていた「防波堤」。中山間地に住む人たちがクマやイノシシ、シカ、サルなどの獣害に苦しみつつもそれらと対抗し、川や水路の草刈りを怠らず、水害が起きないようにしてくれていたから、平地の農業はろくに獣害を知らないでいられた。だが。

中山間地に人がいなくなれば、獣害をせき止めてくれていた「防波堤」がなくなる。2025年はクマが都市部にまで進出したが、この背景には中山間地に人がいなくなり、獣害を防いでくれていた緩衝地帯を失ったことが大きいだろう。

中山間地を含む農村からは、ガソリンスタンドもスーパーも病院も学校も失われ、「これでは生活できない」として、都会に住んで農村に「通勤」する人も出だしている。農村には住む人もなく、農地が広がってるだけ。そこに「通勤」する農家一人がいる格好。これで一見、何の問題もなさそう。しかし。

途中の道が土砂崩れで通れなくなったとき、農家が必死に訴えて道路を直してくれと頼んでも、その農家が持っているのはたったの一票。政治家を動かすことができない。そうこうするうち、道の向こうの田畑はどんどん荒れ、ついには放棄せざるを得なくなるかもしれない。そうなればそこは獣たちの楽園に。

農村部から兼業農家がいなくなったことで政治力を失い、農業を維持する力も失いつつある。その結果、中山間地は緑に飲まれ、獣たちの「ベースキャンプ」となり、平地に進出するようになるだろう。そのとき、一人で100haの田畑を効率よく耕していた農家は、獣害を防ぎきれるだろうか?

難しいだろう。100haもの広大な田畑をたった1人で見るというのでは、獣害は防ぎきれない。平地農業は、大規模化が容易で効率的だと思われてきたが、獣たちにとっても「効率よくエサにありつける場所」となるだろう。ましてや、人を恐れないクマが出没するようでは。

農家は怖くて農業できなくなる。中山間地が崩壊すれば、獣害は平地にまで及ぶようになり、防ぎきれなくなるだろう。兼業農家が農村からいなくなり、人口が減少したことが、こうした事態を招いたのだといえるかもしれない。

獣害だけでなく、水害もそう。中山間地では、兼業農家も総出で草刈りし、水路や河川の管理をしてきた。倒木があったらそれを除去し、土石流などが発生しないように。しかし兼業しようにも農村から農業以外の仕事がなくなり、小規模の田畑ではやっていけなくなってどんどん人がいなくなると。

草刈りもままならず、水路の維持管理が難しくなってきた。今後、もし倒木や土砂が知らぬ魔に水路や河川にたまっても、人がいなくては気づきもしないし、対策もとれない。いつしかせき止めた水が溢れ、大雨の際に土石流となって一気に都市部にまで押し寄せる日が来るかもしれない。

中山間地等の農村部は、「水呑百姓」と呼ばれた頃から兼業農家がいて、その人たちが農村人口を支え、獣害対策や水害対策を共にしてくれていたから、平野部の農業や都会民を守ってくれていた。そうした獣害や水害の「防波堤」を、現代日本は失おうとしている。

すでに絶望的な状況ではあるが、少しでも改善するにはどうしたらよいか。私はここで、「農協」という組織の利活用を考えるのも一つだと思う。農協は、スーパー、ガソリンスタンド、病院なども運営し、そのために人を雇うことで農村に「兼業農家」を養い続けてきた実績がある。

兼業農家が批判され、その兼業農家の支援をする農協も批判されてきた経緯がある。しかし、兼業農家をそうして支えてきたことが、中山間地の崩壊を防ぎ、獣害や水害から平地の人々を守ってきたのだと考えると、こうした農協のあり方は再評価されてよいように思う。

中山間地に人を増やし、獣害や水害を防ぐ防波堤で居続けてもらうために、農協は「非農家」を増やす役割を果たしてはどうだろう。「非農家」は農業しなくて構わない。その代わり、農村部に住み、草刈りや水路の管理を一緒にやってもらう。それを条件に、その人の職業を支援する。もちろん行政も。

農協には「准組合員」という制度がある。農家ではないけど、農協を利用している人たち。この「准組合員」を再定義し、「農業はしていないかもしれないが、農村部に住んで、草刈りや水路の管理を手伝ってくれる人」を支援する制度として利活用してはどうだろう。

農業以外の仕事でも食べられるのなら、農村に住んでもよい、と思う人はいるだろう。農協と農水省が共同で、インターネット等のインフラを農村部に配備したら、IT技術者も住むようになるかもしれない。そうして「非農家」を農村に増やし、中山間地を支えるお手伝いをしてもらってはどうか。

「非農家」でも構わないわけだけど、農村部に住めばまず間違いなく家庭菜園をしたくなるだろう。そうした人たちは、江戸時代の「水呑百姓」とそっくりになっていく。農業でメシを食えるわけではないが、非農業の仕事で稼ぎ、それでいて農村の機能を維持してくれる「仲間」となる。

私の考える「水呑百姓の復権」とは、農業以外の生業を持つ非農家の人たちを農村部に増やし、それでいて農村の機能を維持する役割を果たしてもらうこと。人口が増えれば、スーパーも病院もガソリンスタンドも学校も経営が成り立つ。人がいれば獣害や水害も防ぎやすくなる。

すでに中山間地の多くが崩壊しつつあり、もはや絶望的な状況のところが少なくない。しかし、まだまだ元気な場所もある。西粟倉村などはその一つだろう。典型的な中山間地だが、農業、林業以外の仕事も増やし、若い人たちの移住が続く大変面白い場所になっている。

農村機能は、農家だけで支える必要はない。非農家だって立派な担い手になる。農政や農協は、これまでの世論に惑わされず、非農業、非農家が農村部で果たしてきた役割を再評価してはどうだろう。農村部での非農業の起業を促すのもよいだろう。それがIT企業でも構わない。

その農村部に住み、草刈りや水路管理を一緒にやってくれるのを条件に、IT企業の起業を支援しても構わないと思う。JAバンク等の金融がそうした支援をしても構わないだろう。農政がそうした支援をするのもアリ。農家を応援するには、農村部に住んでくれる非農家を増やすことが大切なのだから。

農村で、農業以外の仕事をすることになる非農家の人たちは、本当の意味で「百姓」と言えるかも。百姓とは、百の職業をしている人たち、という意味なのだから。だとすれば、今の農村に必要なのは「ネオ百姓」なのかも。

いいなと思ったら応援しよう!