ルールを創造する「共律」の体験がルールの重要性を再認識させる

「世界が尊敬する日本人100人」にも選ばれたスワーダさんと鼎談させてもらったことがある。
https://news.mynavi.jp/article/20250819-3406416/?fbclid=IwdGRjcATs3vZwZG9mBWV4dG4DYWVtAjExAHNydGMGYXBwX2lkDDM1MDY4NTUzMTcyOAABHooS5LF0GgOGpC6K6ndRWeJ_SEPD7l3RPzbPwE_mzpaRsY9V8YrQj_B70ah9_aem_bRTVevh7jLqDZr8wib05qQ&utm_id=97757_v0_s00_e0_tv2_a1demo0d299b24

スワーダさんは中東のオマーンで学校を設立したのだけど、その際、制服をどうするか生徒たちに考えてもらったのだという。すると、出てきたのは。

地面からの高さがピッタリ揃ったスカート。背の高い子も低い子もみーんな地面からの高さがピッタリ同じ。大人たちがビックリする様子を見て、子どもたちは嬉しそうだったという。

スカートの丈をやかましく大人が規制すると、子どもたちは反発していろんなやり方でそのルールから外れようとする。ところが自分たちで決めたルールだと、子どもたちはきっちり守る。しかも嬉々として。

私が「共律」と呼んでるのもそれ。大人が決めたら、それを規律と呼ぼうが何だろうがそれは「他律」。子どもたちからしたら、外部から強制されたものとして受け取る。

他方、自分たちで相談し、決めたルールは自分から守りにいく。能動的に従う。それは共に決めた約束だから。そのルールを創ったのは自分たちだから。創造に関われたことは、魅力にあふれているから。自分が創ったんだ!と思うと誇りが湧いてくるから。楽しんでそのルールを守ろうとする。

本来、法律でも何でも、そうした誕生の経緯を経ていると私は捉えている。みんなが楽しく暮らせるようにするには?を相談し、どんなルールならみんなが守れそうかを議論し、みんながルールの創造に関与する形で決めていく。そんな「共律」によるルールは、逸脱しようという子どもが現れない。

私は、大人が決めたルールに従わせる「規律」より、子どもたちが自らルールを創る「共律」の体験を積んでほしいと願っている。今の子どもたちは全てお仕着せのもの、仕込み済みのものばかり与えられて、創造する機会を与えられていない。社会は創造することで初めて維持発展していくものなのに。

ただコピーするだけなら、劣化コピーとなる。人間の人体は、常に細胞を再生するから維持できる。創造が社会を若返らせ、長らえさせる。創造がなければ、強い放射線を浴びて細胞が再生しなくなった体のように、朽ちていつてしまう。

子どもたちに創造の体験を。ルールを自ら創造する「共律」の体験は、子どもたちのイノベーションの力をいやがましに増すだろう。社会をよりよくするには、ルールも創造していいんだ!という発見が必要。そうした体験があってこそ、既存のルールも「そうやって創造されてきたんだな」と、守ることの大切さを知るだろう。

ルールを創造するからルールの大切さがわかる。そうした「共律」の体験を、すべての子どもに。

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