音羽屋襲名披露興行 菊五郎なのに?
まずは夜の部鑑賞。
地味でしたね、一言でいうと。
勿論、歌舞伎座に入ってすぐの雰囲気、着物を着た年齢も高めのお客様を見ていると、さすがに8代目菊五郎襲名、と思うのだけれども。
2階の普段は色々と飾り付けるところにも、ご贔屓さんから胃だたいたと思われる、6代目菊五郎に贈られた鏡台と、8代目に贈られた鏡台が下手に並んでいたのと、祝幕贈呈の桐箱があっただけ。




あっさりしたものです。
口上も前列の幹部のみ。
その幹部も、下手から
玉三郎、楽善、新菊之助、8代目菊五郎、7代目菊五郎、松緑、團十郎、梅玉 のみ。後列はお弟子さん。
萬壽や時蔵、人間国宝の歌六、又五郎、彦三郎、両亀蔵、松也も不在。
私が最初に見た襲名興行は7代目菊五郎の菊之助襲名だったけど、間違いなく寂しい。29年前、1994年の5月。丁度その月から私はあることを開始して、今も継続しているので世奥覚えている。
舞台も寂しい。弁天も、当時19歳だった菊之助の弁天の方が印象に残っている。何せ、南郷力丸が悪すぎる。どうして團十郎がやらない?團十郎は日本駄衛門しかやりたくない?とか勘ぐってしまう。
1階1等席最前列、7月から特等席となる真ん中から見たので余計に感じた。
新菊之助の元丑之助君が、團十郎が向上で述べたあたりから震えはじめ、口で練習を始めたのでびっくり。とおに中日を過ぎているのに。でも、工場自体はとてもしっかりしていた、実は誰よりも。
なんかこれから来月も含めて非常に良い席で3回も見るのに不安になったというか、もう仕方ない、の気分になってしまった私なのでした。
