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外資系で見た「和魂洋才」②

前編から続く

外資系で見た「構造改革」

社会に出た私は、外資系企業で働くことになります。正確には、日系企業が本国資本にbuy back(買い戻し)され、再編=リストラクチャリングされていく現場でした。

本社からやって来る外国人社長は、黒船来航くらいのインパクトがありました。

90年代にニュースで耳にし始めた「構造改革」が、現場で実践される日々でした。

90年代の構造改革論で述べられていたのは、バブル崩壊の危機感から始まった、金融の自由化や規制緩和、雇用の流動化といった「日本のシステムをガラリと変えるための土台作り」。
構造改革は、2001年の小泉内閣から、沸騰ワードになりますが、90年代半ばから、大学でも耳にする言葉でした。
学生が「終身雇用神話は崩壊する」「日本企業は、身を切る改革が必要」なんて、気軽に使っていた記憶です。私も試験やレポートで書きまくりました。あくまでも、自分以外の世界のこととして。

2000年代、外資系ファッション業界では、日本資本のブランドが本国資本へ買い戻されたり、文字どおりリストラクチャリング(再編)が進む世界でした。
大小さまざまな規模や歴史のブランドが、グローバルレベルで売却・買収され、再編されていきました。そのたびに、多くの人が職を失い、立て直す別の組織に転職していきます。人材の流動化が起こっていました。

私は、学生時代に机上の議論として学んだ「構造改革」のど真ん中に、身を置くことになったのです。

外国人の社長は、わかりやすいが、達成不可能な数字を目標に掲げて、容赦なく詰めて、切り捨てていく。
日本独特の人事制度や商慣習は、次々と塗り替えられていきます。
大規模なリストラも体験します。
ときには、「蹂躙」と思うほどの再編もありました。

学生時代に、「身を切る改革が必要である」なんて、気軽に論じてたけど、
切られた人はキレ散らかして、残された人も流血しながら働いてるんだよ。比喩ではない。
切られる側に近づくと、血の匂いがするの。壮絶なんだよ。

社会人で構造改革の荒波に揉まれた私は、大学生の自分に、安易に「身を切る改革」なんて書くなとアドバイスしたい気持ちになりました。

実際に、OG訪問に来た大学生に、「今、大規模なリストラが始まって、ブティックスタッフ以外は、新卒採用も中途採用もフリーズしてる。業界全体の流れだと思う」と、やる気を削ぐことを話したことがありました。

再編の過程で、職場の雰囲気は荒れ、組織は壊れていきました。中途採用で、英語だけができる人が大量に入って、数ヶ月後にはみんな消えてしまう。
また、ある日、数十人単位の部署がなくなることが発表され、全員、数ヶ月分のパッケージをもらって期限以内にその部門は解散する。引き継ぎ先は、香港。誰に?
そんなことが当たり前に起こっていました。

ちょっと前までは、送別会を開いて、華々しく辞める人を見送ってたけれど、そんな文化は消え失せました。辞める人は呪詛を吐いて去っていく。カルチャーが消えたのです。

私がやったこと

この時代、マーケティングの下っ端だった私の仕事は、細部にわたる承認を取り尽くすこと。
枝葉末節まで承認をとります。

HQが、絶対に正しい。
イベントでシャンパンを出す時に、トレンチにグラスをいくつ置くか、インビテーションの印刷に何回ニスを引くか、など。下っ端は、下っ端なりに奔走しました。

必ずメールに書くフレーズ。
Please let me know if you have any advice or if this is approved.
アドバイスがあるか、あるいはこれで承認いただけるか教えてください。

欲しいのは承認。「アドバイスはあれば聞くけどさ、とりあえず承認してくれ」って結びです。あの頃の私は、承認命でした。

“approved(承認)”
と言われるまで、何も動かせませんから。
テレカンも、最初は承認を取る場でした。ドキュメントを1ページずつ説明して、承認を取っていく。

それが、「議論する場」に変わっていくまでには、だいぶ時間がかかりました。

和洋折衷という実践

プランをディスカッションできるようになった頃、私が下っ端なりによく使っていたコンセプトがあります。
“East meets West.”
つまり、「和洋折衷」。

ハイレベルの例だと、日本庭園×ラグジュアリーで企画展をする。ブティックで伝統的な生花のライブパフォーマンスをする。など。

下っ端レベルだと、日本の旬の食材をケータリングに取り入れる、日本の伝統品の洋服用ブラシをゲストへのギフトに選ぶ、など。

日本人が自覚的に行ってきた「文化の編集」という考え方で、プランを考えました。
ただ、当時の私は、「和魂洋才」というよりも、もう少し柔らかい「和洋折衷」的なスタンスでした。
見た目は和洋折衷。でも、その背景にある「異文化を編集する姿勢」は、私にとって和魂洋才。
西洋を取り入れる。でも、日本らしさも残す。
そんな感覚を、下っ端なりに企画の中へ散りばめました。

もちろん、簡単には通りません。
却下され、調整し、修正してまた承認を取る。
いくつものアイデアは承認されず、人知れず闇に葬る。
その繰り返しでした。

けれど、そのプロセスは、不思議と私自身の自信回復にも重なっていました。

『菊と刀』を知らない日本担当者


『菊と刀』は、外国人から見た日本人の「精神の謎」を言い表した本です。
ある日、わりと長く日本担当をしているインターナショナル部門の女性に、
「菊と刀=The Chrysanthemum and the Swordを読んだことありますか?」
と聞いてみたことがあります。

けれど、存在すら知りませんでした。ルース・ベネディクト?誰?
私のクリサンセマムの発音が悪すぎて、??だったようでしたが。
第二次世界大戦後に発表された、日本人論だよと説明したけど、Sorry, I don’t know it. だって50年以上前の本でしょ?

——そんなものか。そんなものだよね。
拍子抜けしました。

令和の今に思うこと

昨今のラグジュアリーブランド界隈では、日本の伝統や文化にフォーカスを当てたイベントやコレクションが百花繚乱に咲き誇っています。

歴史あるメゾンが、日本のクラフツマンシップをインスピレーションにした企画展を開催し、春には、桜をモチーフにした限定品がリリースされ、また日本のキャラクターやアイコンとコラボレーションを発表するブランドも後を絶ちません。
そこには、日本文化への理解とリスペクトが溢れています。
その様子を見ていると、私は、ふと思います。
西洋の技術=洋才をクールに取り入れながら、日本の精神=和魂を失わない。
子どもの私を魅了した和魂洋才を。

その器用さは、ある意味で、全く異なる二つの価値観を、自分の中に同居させられる能力。

——つまり、『菊と刀』が言う日本人の二面性があったからこそ、可能だったのではないか。

これが、今のところの私なりの結論です。

もっとも、この考え方は、日々更新中。
まだ途中です。
いつまとまるのか、自分でもわかりません。ずっと、まとまらないかもしれません。

ある日のディナーは、和魂洋才


ある日のディナーは、IKEAの白い皿と九谷焼を合わせました。
メニューもミックスです。
サラダにパン、枝豆に瓶ビール。メインはレンズ豆とソーセージの煮込み。〆には土鍋の炊き込みご飯。
洋風なのに、箸も置く。

和洋折衷、いや、今の私の想いを込めた和魂洋才です。
IKEAのお皿と九谷焼を並べるたびに思います。
私はずっと、和魂洋才を食卓で実践してきたのだ、と。

こんなスタイルが、可視化された私の現在地なのかもしれません。


令和的アラフィフの和魂洋才ご飯。
量が多い。もりもり食べる。

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シェヘ|アラフィフ視点 応援ありがとうございます。とっても励みになります:)