不調和が私のダイバーシティの根幹
Wi-Fiのない旅。スペインで聴いたアメージング・グレースから続きます。前編はこちら
レインボーフラッグを見かけたスペインの古都
同じ頃、2015年6月下旬から7月にかけて、スペインの複数の都市でLGBTQ+関連の大きなイベントが開催されていました。
バルセロナではプライドパレードが行われ、マドリードでも市庁舎にレインボーフラッグが掲げられ、LGBTQ+の権利拡大を訴える動きが見られました。これはプライド・ウィークの一環として行われたものです。
たまたま観光で訪れたトレドやマドリードで、街中に掲げられたレインボーフラッグをいたるところで目にしました。
6月は日本でも「Same Life, Same Rights(同じ命、同じ権利)」を考えるイベントが行われる時期です。私の周囲に参加している人がいたので、自然と受け入れるようになりました。
価値観は人によって異なる。色はさまざまで虹色な人もいる。要するに多様である。
異なる価値観と交わらないけれど、対立せずに共存することで、静かに受け入れる。
違いを理解はしないが、あからさまな拒絶もしない。ただ共存する。
とても日本的な考えで受け入れていきました。
2010年代半ばは、まだ「ダイバーシティ=多様性」という言葉が一般化していなかったと思いますが、私は仕事で翻訳するワードとして頻繁に目にするようになり、少しずつ自分事として捉えるようになっていました。私にとってのダイバーシティとは、交わらない共存を意味していました。みんな仲良くではない、混じらずに存在しているイメージ。
マドリードやトレドの街では、LGBTQコミュニティの人々を多く見かけました。レインボーフラッグのグッズを身につけている人が多かった記憶があります。
辞書片手で旅人気分に浸る
マドリードの歴史ある地区で、昔ながらのバルに入りました。ランチにセルベッサ(ビール)とタパスをつまみたくて、その日はかなり路地裏を歩き、ローカル色の強いバルのテラス席に迷い込んで座りました。スペインを旅して半月以上が経ち、度胸もついてきた頃です。
スペインの日差しで私はすっかり日焼けして、不思議な異邦人感を放出していました。
旅の初めのアンダルシアでは、ロマに狙われて怖いとリュックサックを抱きしめて歩きましたが、もう狙われていない。安心はしないけれど、ロマを誘き寄せる観光客のカモ的な“におい”を出さなくなったように思います。
そういえば、旅が始まったばかりの頃は、ジゴロみたいな男性にも何度かナンパされたな。バルで使うスペイン語を教えてくれたな。お金ありそうに見えたかしら。マラガのバルでそれっぽい男性が来たら、「週末に、マドリードで働いてる韓国人のフィアンセと一緒にジブラルタルに行くの。素敵でしょ」と、嘘のポジショントークを噛ます。さっと引けていきます。韓国人を選んだのは、街中に韓国系旅行者が溢れていたから。直行便があったのか、韓国系女子がたくさんいました。マラガの日差しの中、日焼け止めを塗って、日傘をさして、時にはアームカバーまでして、美白って大変なんだなと思う私は、ユニクロのブラトップ、シュートパンツ、ビーサン、リュック、街の露天でかった麦わら帽子。
日焼けしてからは、外国人観光客に英語で話しかけられるように。日本人の男性からも英語で声をかけられました。ロンドンに駐在してる人のナンパ。おいしくお酒をご馳走していただきました 笑 帰りにホテルまで送ってくれて、だいぶ古びたホテルに引いていました。まさか女子が泊まらないよねって見た目のホテル。よってアバンチュールなし!下心を打ち砕いたホテルでした。
そんな私は、拙いスペイン語と紙の辞書で会話します。
ハポンから来た若くないセニョリータは、辞書を片手に奮闘するのです。
辞書で示された強い言葉
昼下がり、私の隣にはだいぶ高齢のおじいさん二人組が座っていました。そのバルの常連さんです。
「どこから来たの?」
「ハポンから来たのか!スペインは楽しいか?」
「トレドでは、カルカムサは食べたか?」
そんな会話を交わします。
辞書があれば、食べ物や観光地の話題は十分に通じる。観光客テンプレはすっかり覚えました。旅先の思い出も簡単に語れるように。
トレド生まれのおじいさんと、平和に会話が盛り上がり、一緒に写真を撮っていた、そのときでした。
少し離れた席に、小さなレインボーフラッグをリュックにつけた、賑やかな男性カップルが座りました。ずっとしゃべってる。
すると、だんだんおじいさんたちの表情が険しくなり、二人でスペイン語で何やら話し始めます。やがて急に帰り支度を始め、急展開に戸惑う私に、スペイン語で何かを語りかけました。とても真剣な顔で。全然、理解できません。
ただ、何度も出てきた Iglesia Católica(カトリック教会)という言葉だけは聞き取れました。
去り際に、おじいさんの一人が彼らを一瞥したあと、私の辞書のページをめくり、「Rechazo」という単語を指差しました。それは「拒否」を意味するスペイン語でした。
スペインのカトリックの伝統的な価値観を持つ人の中には、LGBTQ を公然と拒否する人もいるのだ、とそのとき実感しました。
調和しない空気の中で考えた「多様性」
アメリカでは人種差別に根差した殺人事件が起き、赦しを語る感動的なスピーチがあった。
一方、時差数時間のスペインでは、また別の差別が、日常の中に存在していました。
権利を獲得するために声を上げる人と、それを断固として受け入れない価値観を持つ人が、同じ空間で生きている。受け入れない側の考えは、個人の好き嫌いではなく、宗教観や歴史的な価値観にによるもの。
この調和しない空気感こそが、多様性の姿なのかもしれない。
バックパックを背負って旅する、若くはないアジア人のセニョリータは、ギリシア危機でユーロが揺れるヨーロッパの片隅で、そんな言葉を考えていました。
スペイン旅行中に、ギリシア危機を通じて経済的安定の多様さを感じ、(まだハッシュタグはなかったけれど)Black Lives Matterについて考え始め、さらに、日本よりも目に見えるかたちで、伝統的な価値観とLGBTQの衝突があることを理解しました。
この三つの気づきは、ブランドで仕事をしていく私の価値観に結びつき、それ以降、「多様性」という言葉を使うたびに、いつもこの三つの瞬間を思い出します。
40歳の一人旅で、世界はきれいに整理されないと知りました。
静かな共存ではなく、衝突して不調和で不安定なまま存在している。リスペクトや、理解し合う美しい世界ではない。歩み寄ることは難しい。
スペインでの出来ごとは、私のダイバーシティの根幹にある、鮮やかな記憶。私の Defining moment ——人生の決定的な瞬間の一つだったのです。
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