卒論が黒歴史。90年代に綴った百貨店論
断捨離。ついに卒論へ
断捨離で、学生時代の本を処分しました。
書き込みされたなつかしい教科書や、やけにきれいな有斐閣の経済事典に加えて、ゼミのレジメや卒論が出てきました。断捨離の手を止めて思わず読んでしまう私。学生時代が懐かしく蘇ります。
大学時代、私は経済学部で比較経済体制論のゼミに所属していました。
テーマ選びから議論の進め方まで学生の裁量が大きく、自由な雰囲気のゼミでした。ゼミの同期は良き友人で、私にとっては、サークルのような存在でもありました。
そんな中で私が卒論に選んだテーマは、「2000年代に向けて日本の百貨店業界の考察」。資本主義の権化のようなテーマ。ゼミとは無関係で、趣味で選びました。
今日は、当時は中火くらいだった私の“だいぶゆるくて黒歴史な卒論”の思い出を振り返って、成仏させたいと思います。
百貨店をめぐる、学生なりの自由研究
1990年代半ば、私は大学4年生になり、卒論に取り組みはじめました。
ちょうどその年、担当教授が研究休暇でハンガリーに滞在することになり、ゼミの指導は別の大学から来られた代講の教授が引き継ぐことに。私たちは卒論の進捗をハンガリーの教授にメールで報告し、提出は代講の教授へ――という変則的な形で進めていきました。
弱火に卒論を書けるチャンスの年でした。
同時に、誰からも軌道修正されない、自由奔放でワイルドな卒論を生み出してしまう年でもありました。
当時、自分用のパソコンを持っている学生はほとんどおらず、大学の情報処理センターから、友人に教えてもらいながら、人差し指一本で、苦労して教授に卒論の章立てをメールを送ったことが懐かしく思い出されます。
私の卒論のテーマは、日本の百貨店について。
取引の形態の変遷や各社のマーケティング、百貨店の歴史を振り返りながら、日本の百貨店が2000年代以降にどう変わっていくかを考察する、というものでした。
物欲の塊で百貨店を毎日のように散歩していた私には、実益も兼ねて研究できる資本主義的テーマだったのです。
ただし、参考文献の多くは新刊のビジネス書と業界新聞の「繊研新聞」←購読しました。
たまにWWDを買って、引用できる記事は卒論に取り込む。
学術的な資料は一世代前の大店法のものなどで、全体的に文献が少なく、結果的には東京近郊の百貨店の比較論に、西武百貨店の“セゾン文化”への厳しい考察と伊勢丹礼賛、プラス海外百貨店探訪記のような内容になってしまいました。
全体としてはかなりエッセイ寄りの卒論となりました。
「Only at Bloomingdale's」と、時代の気配
当時アメリカでは、ブルーミングデールズが「Only at Bloomingdale's」という限定商品ラインを展開し、限定品を打ち出した独自のブランドイメージを強めていました。
日本でも伊勢丹の「Only I」が90年代半ばから始まり、その後西武百貨店でも「Only at Seibu」といったかたちで表現されていました。Only Iは今はOnly MIとなって訴求されているコンセプト。本家のブルーミングデールズも一目置くくらいの定着ぶりではないでしょうか。
卒論では、Only施策に肯定的でした。
ちなみに、ブランドで働いてきた私にとっては、この“Only系”は、いろいろと思うところがある存在です 笑
それにしても、振り返ると、名前があからさまに本家に似ていて笑ってしまいます。
また、伊勢丹の解放区で紹介されるブランドのニュースがとても眩しく見えたものです。私には尖りすぎて、手に取ることは有りませんでしたが、伊勢丹って新しい、バイヤーってかっこいいと思っていました。
当日話題になっていた書籍「ノードストロームウェイ」で、アメリカの百貨店ノードストロームが、従業員の裁量が大きくしたこと、返品やクレームにノーと言わないやわらかな対応、顧客満足度の追求など、ノードストロームが掲げる百貨店の在り方にも感化されていました。
この本に影響された私の論調は、百貨店おもてなし路線。その考え方は、卒論ではうまくまとめられてないけれど、卒業後にブランドビジネスに関わることになった私には、仕事の拠り所になる視点でした。
参考文献はCanCam9月号
ちょうどその頃は、百貨店各社がプライベートブランドを数多く立ち上げていた時期でもありました。
学生の私は、「CanCam」や「JJ」のプライベートブランド特集を片手に、それらの売り場や商品を比較し、いかに“その百貨店らしさ”を出しているか、試着もして主観的な感想を並べていました。“プライベートブランド比較論”です。
当時の私の「20代前半女子に寄り添ったプライベートブランド」に選ばれたのは、京王百貨店のハーモニー。渋いセレクト。
新宿まで参戦して、研究をした末に導き出しました。自分では買わないけど、女子だいたいの好みに合っている、価格帯が良いと評していました。n=1が貫かれている。笑
参考文献に“CanCam 9月号”と書いた私はオリジナリティ満点。
内需拡大の視点から、国産のプライベートブランドには期待したいという、祈りのような結論。
比較をしてちょっと論じて、卒論とは馴染まない当時のトレンドの再現度を主観で斬るという、散漫な内容ではありましたが、当時の“バイヤーが花形”で商品開発を自社で行っていこうとする百貨店業界の空気が伝わってきました。
今読むと、思わず笑ってしまう観察メモ
読み返して面白かったのは、私が旅行先で訪れた海外の百貨店について書いたミニレポートのような部分です。
たとえば「免税手続きが一番スムーズだったのはロンドン三越」←日本語が通じた、「世界一きれいな百貨店のトイレはニューヨークのヘンリ・ベンデル」←プリティウーマンの曲が脳内再生、などのエッセイ。
また、当時はやっていたDiorの青味ピンクのリップや、女子大生に大ブームだったエリザベスアーデンの香水「サンフラワー」がどこで一番手に入りやすかったか、また話題だったシャネルの「アリュール」がどんな店頭プロモーションをしていたかなどを百貨店別に綴っていました。
ニューヨーク「ヘンリベンデル」「サックス5th アベニュー」「ブルーミングデールズ」「バーグドルフ・グッドマン」「メイシーズ」←NYの思い出はほぼデパート
パリ「ギャラリ・ラファイエット」「ボンマルシェ」←私はギャラリ・ラファイエット派
ミラノ「リナシェンテ」←トイレがきれいではなかったので、印象が悪い
ロンドン「ハロッズ」「セルフリッジズ」「ロンドン三越」「リバティ」←ロンドンでは、メアリーポピンズの気持ちで百貨店のウィンドウに映る自分を見た
香港「レーン・クロフォード」や日系の百貨店など←百貨店の販売員が“ゲップ”をしていたのが忘れられない
ロンドン三越もヘンリベンデルも今ではもう存在しませんが、当時の私には憧れや豊かさを感じさせてくれる存在でした。
ウィンドウを眺めて写真を撮り、一階のメインステージにディスプレイされたマネキンのブランドのショップに行って、その入りにくさとプライスに驚かされたものです。
あの当時の百貨店とは、私にとって、商品を買う場所である以上に、夢のようなライフスタイルを見せてくれる空間だったのだと思います。
西武百貨店がデパートではなく、セゾン文化だった残香があった時代です。
自分がブランドで働くようになり、施策と合わせてウィンドウジャックやステージをやるようになりました。
ブランド側にとっては、アイデア、大きな労力とお金がかかる一大プロジェクト。
深夜と早朝のディスプレイが終わってみんな疲れきってる中、誰も見てくれてない…なんて落ち込むこともあります。
女子大生の頃の私のように、ディスプレイに胸を躍らせて、隅々まで見ていてくれる人がいて、30年後に思い出してくれるなんて、涙が出るほど嬉しいです。
後編「女子大生フィールドワーク。行きそびれたブダペスト」に続く
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