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昭和と令和の運動会を懐かしく振り返るアラフィフの秋

秋は運動会の季節

運動会の季節ですね。
運動会といえば秋のイメージですが、最近は春に行われることも増えたそうですね。9月もまだ暑いので、本番だけでなく練習も大変。今どきの小学生は、どうやって乗り切っているのでしょう。

中学生の姪が小学校低学年の頃、ボンボンを持って「ゴリエ」版『サタデーナイト』を運動会で踊っていました。「今どきの小学生はベイシティローラーズじゃなくて、ゴリエなのね」と驚いた記憶があります。どの子もノリノリで可愛かったけど、ギャグじゃないのに平成ネタ感全開のゴリエちゃんか…と不思議な感覚。それでも、みんなでお遊戯的なダンスを踊るのは変わらないのだと妙に安心しました。

変わる運動会、変わらぬ熱気

小学生のお子さんがいる同僚は「今は鼓笛行進なんてしないですよ。騎馬戦も棒倒しもなくて、平和に綱引きをしています」と教えてくれました。40年前とはずいぶん違います。あの頃の公立小学生の運動会は、やんちゃに荒ぶっていました。子どもながらピリついていて、クラスの空気がいつもと違いました。棒倒しで膝を擦りむいたまま騎馬戦(もちろん下)に出て、さらにリレーを走る。私も弱火ながら、精一杯強火に振る舞っていました。
勇ましい曲が流れて、会場は熱気に包まれていました。天国と地獄、クシコス・ポスト←調べた

組体操もありましたね。私は扇のような楽なものが好きでした。花形のピラミッドにはもちろん選ばれず、端っこでポーズをとっていたタイプ。サボっているように見える写真が残っています。たぶんサボっていたのでしょう。

鼓笛行進とリレーの思い出

鼓笛行進もありました。私は目立つ太鼓や鉄琴ではなく、地味な笛担当。練習は本当に大変で、主役の太鼓チームのやり直しを炎天下の校庭で延々待つのが、弱火キャラの笛担当には苦痛でした。

そんな中、唯一楽しみだったのがリレー。足だけは速かったので、運動会とマラソン大会は学校行事の中で一番好きでした。
徒競走で一番をとって、選抜リレーでは襷をかけてアンカーに。ごぼう抜きはできなくても、一人か二人抜くだけで拍手喝采。それが気持ちよかったのです。普段は地味で、クラスでも習い事でも、いつもその他大勢キャラの私にとって、唯一目立てる機会でした。

元文学青年の父は写真が下手で、私が華麗に抜き去る瞬間や、渾身のゴールの姿を撮り逃し、華々しい姿は残っていません。そこがまた残念な思い出です。私の50年の人生で、一番の見せ場だったのに。

強火な昭和母とお弁当の記憶

母は強火な人で、運動会の前からてるてる坊主を作り、当日はスタート前から声援。走っている最中も途切れることなく声を張り上げていました。うるさくて、はずかしかったくらい。

そして運動会といえばお弁当。“カツ”が定番で、朝から揚げ物の香りと音で目覚める幸せ。花形に切ったにんじん、甘く炊いたお揚げのお稲荷さん、セイロで蒸したお赤飯。まさに「運動会の朝の匂い」がありました。当時は保護者と一緒にお弁当を食べていましたよね。見栄っ張りな母は「立派ね」「わざわざ見に来たのよ」と他のお母さんたちに言われたくて、運動会弁当に全力を注いでいた気がします。懐かしい昭和の風景です。
父は、数時間の屋外で、日焼けで赤くなってました。それも思い出。

令和の運動会事情

時は令和。今は企業でも運動会を行うそうですね。取引先の方(同年代くらいの男性)から、大玉転がしや玉入れ、綱引きを大人たちで競う話を聞きました。「楽しいけど後遺症がひどい」と笑いながらも、3日間は全身が痛く、一週間たっても違和感が残るとのこと。子どもの頃は当たり前にできたことが、今はそうはいかないと話していました。

私は外資系勤務で、運動会をするようなカルチャーや企業体力はありません。むしろ「運動会なんてやったら仕事が回らない!」「日焼けしたくない!」と猛反対が起きそうな女子だらけのチームで仕事をしています。でも、もしやったら本気で競い合いそうです。
今も“強火女子”揃い。小学生時代はきっと騎馬戦の上に乗って戦っていたに違いない強メンツです。アラフィフ仕様にアップデートした綱引きや玉入れを、戦略的に勝ちに行きそう。争いごとに血が騒ぐタイプですから。

そんな強火女子たちの小学生時代を想像すると、私のように「騎馬戦は下、棒倒しは参加してるふう、組体操ではこっそり休憩、鼓笛行進は気配を消して笛」という地味キャラではなかったはず。紅白帽をかぶって、小鼻に汗をかいて、強火に奮闘する姿を思い浮かべると、思わず笑ってしまいます。たぶん引っ掻いたり、引っ叩いたりしてたな。同級生でなくてよかった、そう思うくらいの迫力。想像だけで軽く疲労しました。

令和の今も変わらぬもの

でも、私にはリレーがある。今でも走れば勝てる…かどうかはわかりませんが、負けない気持ちはあります。走ったら、たぶん勝つよ、私。

きっと人は、子どもの頃からそんなに変わらないのでしょう。強火女子は、強火ガールだったはず。私は子どもの頃から弱火だった。
昭和の運動会を懐かしみながら、令和のアラフィフはそんなことを考えました。


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