【はたらくことと、わたし・その4】 机の手前と向こう側 ——AI時代に、相談員が「一秒目のしぐさ」に心を重ねる理由
創作大賞2026 #ビジネス部門 応募シリーズ
「はたらくことと、わたし」その4
【はたらくことと、わたし・その4】
机の手前と向こう側 ——AI時代に、相談員が「一秒目のしぐさ」に心を重ねる理由
13年、就職相談を受ける側にいる私は、かつて自分も相談する側にいた。優しい一言に救われた日と、透明人間にされた日。だからこそ伝えたい、人が人に向き合う意味。
就職の相談に行きたい人なんて、いないと思うんです。だって、働く場所があれば。収入を得る手段があれば。本当は、行かなくていいはずだから。ないから、行く。行きたくないけれど、行くしかなくて、行く。13年、相談を受ける側にいる私は、いつもそう思っています。
救いを求めて、でも、傷つくことを恐れて
相談の椅子に座る方は、いろんな気持ちを抱えています。仕事がないことの、喪失感。仕事を失うかもしれない、という不安。社会から切り離されたような、疎外感。そんな気持ちのまま、それでも「なんとかしたい」と、救いを求めて来てくださる。でも同時に、こうも思っているかもしれません。「ここで、不用意な言葉で傷つけられたら、どうしよう」と。——その不安を、私はずっと、忘れてはいけないと思っています。
私も、机の手前に座っていた
初めて、就職の相談窓口に行った時のことです。机の手前と向こうに、見えない壁が見えました。なんてシュールな場所だろう、と思いました。机の手前は、失業者。机の向こうは、忙しそうに働く人。——そう、私は失業者なんだ。この間まで、あちら側の人だったのに。なりたくて、なったのではありません。夫の転職という、自分ではコントロールできない理由で、辞めざるを得なかった。失業したからといって、誰かに否定される理由なんてどこにもないはずなのに。「どうせ、私の気持ちなんてわからないでしょ」。そんな、やさぐれたような気持ちでいました。すると、相談を受けてくれたおじちゃんがこう言ったのです。「辞めたくないのに、辞めたんだね。大丈夫だよ。ちゃんとお金がすぐもらえるようにしてあげるからね」びっくりしました。こんなに優しい言葉を、かけてもらえるなんて、思ってもみなかったから。その年配の男性相談員にとっては、何気ない一言だったと思います。でも、暗闇の中にいた私にとっては、今でも思い出すだけで心がじんわりとほぐれる、忘れられない出来事でした。
「あの日の言葉が、暗闇にいた私の心をやわらかくほぐしてくれた」
でも、こんな経験もありました
それから10年ほど経った頃、私はまた、失業者として別の相談窓口にいました。その時は、一日も早く就職したくて、ほとんど毎日通っていました。自分で仕事を探して、紹介を受ける。それが、私のルーティンでした。紹介された会社の就職面接では、何回も不採用になりました。それでもまた窓口へ行き、次の紹介を受ける。通っているうちに、私は数名の相談員の顔を、自然と覚えていました。でも——窓口の相談員にとっての私は、ただの「ルーティン」でした。
カタカタ、とキーボードの音だけが続いていました。相手の視線はパソコンの画面に向いたまま、最後まで一度も、こちらへ上がってきませんでした。「不採用だったんですね」という労いも、「何かお困りのことはないですか」という問いかけも、ありません。聞かれたのは、求人番号だけ。あの時の私は、それを責める気持ちもありませんでした。「相談窓口って、そういうものなんだ」と納得しようとしていました。ただ——自分がまるで、名前もない失業者であることを思い知らされているようでした。
名前もない。私を見ていない。相手(相談員)にとっては、私はただの『失業者』でしかない。そう感じていました。同じ人間なのに不思議な感じがしたことを覚えています。

両方を、知っているから
心がほぐれた、あの相談員の一言。透明人間にされたような、人としてのメッセージは何も渡されなかったあの日々。人によって傷つけられたことは、人によって癒される。——これは、私自身が、今までの経験の中で肌で感じてきたことです。だから私は、ここに来た人の心が少しでもほぐれますように。来てよかったと思ってくださるように。窓口に足を運んだことを、後悔しないように。その原点を忘れないように、毎日仕事と向き合っています。
AIが、なんでも答えてくれる時代に
今は、なんでもAIが答えてくれる時代になりました。仕事の探し方も、履歴書の完璧な書き方も、面接の模範解答も。スマートフォンを少し操作すれば、AIが最も効率的で正確な答えをすぐに教えてくれます。知識やデータの量では、人間はもうAIに敵いません。そんな中で、「人が人と、対面することの意味」が、これまで以上に問われていると思うのです。情報を提供するだけなら、AIのほうが速くて正確かもしれない。でも、傷ついて、不安に押しつぶされそうな人を、傷つけずに丸ごと受け止めること。それは、血の通った人間にしかできない仕事です。
だから、向き合う瞬間から
そう信じているから、私は、相談に向き合う「その一秒目」から、大切にしていることがあります。声のトーン。表情。しぐさ。そして、書類を両手で丁寧にお渡しすること。席を外す時も、必ず——「ちょっと席を外しますね。すぐ戻ります」お待たせする時も、「確認しますので、少しお待たせしてしまうと思います」と、ひと声かける。どれもマニュアルには載っていない、小さなことです。でも、マニュアルにないからこそ、そこに心を宿します。「目の前のこの人は、今、傷ついてここに座っている」そう思うから、自然な、丁寧なしぐさを心がけています。
その一つひとつが、メッセージだから
番号だけで呼ばれて、目も合わせてもらえず、書類を放るように渡される。そんな扱いを受けたら、人は「ああ、自分はその他大勢の『処理対象』なんだ」と感じてしまいます。だから、私の小さなしぐさの一つひとつに心を重ねて、言葉の代わりにこう伝えたいのです。「あなたは、ちゃんとした、とても大切な一人ですよ」と。表情で。声で。間の取り方で。それこそが、AIに代替できない、人間が人にするべき仕事だと思っています。
最後に
もし、あなたが今、相談の窓口に行こうか迷っているなら。行きたくない、その気持ちは、本当によくわかります。行かずにすむなら、それが一番いい。私もそう思います。でも、もし「行こう」と決めたなら—— その椅子に座ったあなたは、もうそれだけで、十分がんばっています。そして願わくば、あなたが出会う相談員が、あなたを「その他大勢」ではなく「一人の大切な人」として、あたたかく受け止めてくれますように。そしてどうか——あなた自身も、気づいてください。暗いと思っていた胸の奥に、消えない小さな灯りがあることに。
