春時雨
南から遡上した桜前線は、とうに東京を過ぎた。今頃は仙台に届いているだろうか。
葉桜がポツポツと目立つ4月2日。今日は雨だった。今年も昨年と同様、ただ違った理由で休みを取った。
聖蹟桜ヶ丘に行こう。特に理由はなかったが、桜が綺麗らしい。行こうと思わなければ行かない場所だから、こういう日はお出かけに限る。
電車を待つ空は曇り模様。最近の心持ちと似ているな、なんてクサイことを考えながら雨の中電車を待つ。
咲いた桜も綺麗で、皆こぞって花見をしている姿を3月の末に見ていた。でも、雨の後の桜道も春を教えてくれる。
雨粒と共に落ちた花びらは、まるで始まりに立った人を招くように、花道を作る。散ってからも美しいのは、2度お得だなと感じた。
電車に揺られているうちに窓を打ち付ける雨音は弱まり、目的地に着く頃には傘は不要になりそうだ。
無いとあれだけ困るのに、あると不要な時に邪魔になるのは傘を思うと少し不憫だ。でも、やっぱり邪魔だ。
目的地について、やはり雨は上がっていた。
ああしまった。眼鏡を忘れた。度に入っていないお気に入り。ハレの日は、好きなものを纏って歩くに限るのだが。
傘をぶらぶらしながら駅周辺から練り歩く。住みやすい街ランキングで紹介されていただけあって、人が街に根付いて生きていた。
桜の写真を撮りながら、喫茶店に入る。その街に馴染んだ個人の喫茶店は大好きだ。街を映す鏡だと私は思っている。
注文したピラフを炒める音を聞きながら、ぼーっと内装を眺める。仕事を辞めたらカフェを開きたい。

優しい味がした。
まともなご飯を食べたのはいつぶりだろうか。生きるためのご飯ばかり食べていた。
優しい味がした。
ああ、疲れたな。ゆっくり眠りたいのに、体はいうことを聞いてくれない。
店員さんに話を聞いて、おすすめの場所を教えてもらった。全然知らなかったが「耳をすませば」の聖地らしい。頂から桜ヶ丘を臨みたいと思う。
いろは坂を上って、ロータリーを目指す。カーブはかなり急で、流石に階段でショートカットさせてもらった。傘とアウターがなければ挑戦していたかもしれない。
そして道中で、目的地で致死量の春を浴びた。私の人生の2/3ほどの桜が宙に舞う。
さえぎる雲は晴れた。春風が生んだ桜吹雪が空のキャンバスを点々と埋めた時、私は幸せの色を知る。
青と桜色が視界を染めていた。
なぜ私が4月2日に生まれたのかなんて、一度も考えたことなかった。
誰よりも早く大人になって、誰より早く老いていく。夢も思い出も、置いていく。それだけだと思っていた。
今日はその答え合わせだったと、そう信じたい。縋るような嘘でも、淡い夢でもいいから。私が私としてここに在る意味を、私自身が名付けるのだ。

「聖蹟」って肩書きかっこよすぎんか。私も「聖蹟」の中に人生を置きたい。
