ブラックミュージック連載第3部 帝国編最終回 第6話 Dreの遺産
王ではなく設計者
表に立つ男は何度も入れ替わる。
N.W.A。
Snoop Dogg。
2Pac。
Eminem。
50 Cent。
時代ごとに王は変わる。
だがその背後にはずっと同じ男がいた。
Dr. Dre
(ドクター・ドレー)

彼は最も目立つ男ではなかった。
最も多くを喋る男でもない。
だが
最も深く残った男だった。
ラッパーとしてだけではない。
プロデューサーとして。
発掘者として。
設計者として。
ヒップホップ帝国の
骨組みを作ったのは
この男だった。
西海岸の起点
Dr. Dreの出発点は
ストリートの神話ではない。
DJだった。
音をつなぐ。ビートを選ぶ。空気を読む。
そこから
N.W.Aに入る。
Ice Cube
(アイス・キューブ)
Eazy-E
(イージー・E)
MC Ren
(MCレン)
DJ Yella
(DJイェラ)
そして
Dr. Dre。
ここでヒップホップは変わる。
東海岸の物語ではなく
ロサンゼルスの現実を
そのまま叩きつける音楽になる。
Straight Outta Compton
(ストレイト・アウタ・コンプトン)
怒り。暴力。警察。街の緊張。
だが
その中心にあったのは
Dreの音だった。
言葉だけではない。
音そのものが
時代を変え始めていた。
Death Row
N.W.Aの後
彼は次の帝国へ向かう。
Death Row Records
(デス・ロウ・レコード)
ここで
Dr. Dreは
西海岸の音を完成させる。
重いベース。低くうねるグルーヴ。
Gファンク。
The Chronic
(ザ・クロニック)
そしてそこから現れる。
Snoop Doggy Dogg
(スヌープ・ドギー・ドッグ)
一人の男が新しい音を作る。
その音の上に別の男が乗る。
するとスターが生まれる。
これが
Dr. Dreのやり方だった
自分が前に出て終わる男ではない。
次を生む男だった。
だがDeath Rowは永遠ではなかった。
巨大な成功。巨大な暴力。巨大な混乱。
帝国が腐る前に彼はそこを離れる。
終わる前に次へ行く。
それもまた
Dreだった。
Aftermath
1996年
Aftermath Entertainment
(アフターマス・エンターテインメント)
ここで彼はもう一度ゼロから始める。
だが最初はうまくいかない。
Death Rowのような熱狂はない。
王座から落ちたように見えた。
だがDreは残る。
ここが重要だった。
この男は一度作って終わらない。
壊れてもまた作る。
帝国とは一度の成功ではなく
何度でも作り直せる構造のことだった。
そして
このAftermathから次の時代が始まる。
異物を選ぶ耳
その元に一人の白人ラッパーのデモが届く。
Eminem
(エミネム)
白人。デトロイト。異物。
ヒップホップの中心から見れば
危険な賭けだった。
だがDreは耳で判断した。
うまい。それで十分だった。
ここにこの男の本質がある。
肌の色ではない。
街のブランドでもない。
売れ線でもない。
耳。それだけで決める。
Eminemは
その後ヒップホップの重心を動かす。
市場を広げる。
境界線を壊す。
帝国の規模を変える。
だがその入口にいたのは
またDreだった。
50 Cent
そしてもう一人。
50 Cent
(フィフティ・セント)
本名はCurtis James Jackson III
(カーティス・ジェームズ・ジャクソン3世)
ニューヨーク、クイーンズの男。
母を失い、早くからストリートで生きた。
ラッパーになる前に
神話があったわけではない。
生き延びるために危険の中を歩いてきた。
そして2000年。
彼は銃撃される。
九発。
普通なら終わっていた。
だが生き残る。
ここで50 Centは
単なるラッパーではなくなる。
死ななかった男。その神話が生まれる。
しかもそこからすぐに
頂点へ上がったわけではない。
一度は落ちる。
だがミックステープで這い上がる。
地下で名前を広げ、街で神話になる。
そこへDreとEminemがつく。
ここですべてが変わる。
Get Rich or Die Tryin’
(ゲット・リッチ・オア・ダイ・トライン)
このアルバムはただのヒットではなかった。
ニューヨークのストリート神話が
世界商品になった瞬間だった。
売れる。爆発する。世界へ広がる。
この時点でヒップホップは
完全に巨大産業になっていた。
ここが大きかった。
N.W.Aでは西海岸を作った。
Eminemでは白人市場との境界を壊した。
そして50 Centでは
ニューヨークのストリート神話まで
帝国の中に取り込んだ。
地域はもう壁ではない。
物語さえあれば市場になる。
Dreの遺産は
ここで完成形に近づく。
一人の王ではない。
何人ものスターを
何度でも生み出す。
帝国はそうして完成していく。
Jimmy Iovine
だが帝国は音楽だけでは終わらない。
ここでもう一人の名前が出てくる。
Jimmy Iovine
(ジミー・アイオヴィン)
表に立つラッパーではない。
DJでもない。プロデューサーでもない。
音楽業界の男。
だが帝国が音楽の外へ出るためには
こういう男が必要だった。
Dr. DreとJimmy Iovine。
二人は音楽の中で終わらなかった。
ブランドへ行く。
Beats
(ビーツ)
ヘッドフォン。これはただの商品ではない。
ヒップホップの音。
ヒップホップのイメージ。
ヒップホップの成功。
それをそのまま売る装置だった。
ストリートの文化がテクノロジーと結びつく。
ここでヒップホップは完全に別の段階へ入る。
Apple
2014年。
Apple(アップル)
Beatsを買収。約30億ドル。
ここですべてがつながる。
ブロンクスの公園。
ロサンゼルスの暴力。
ニューヨークの王座争い。
デトロイトの異物。
その先にテクノロジー企業がある。
ここまで来るともう誰もヒップホップを
一部の若者文化とは言えない。
世界産業だった。
その流れの中心に
Dr. Dreがいた。
もちろん彼一人で作ったわけではない。
だがこの流れを最も長く最も深く
つないだ男の一人ではあった。
遺産
Dr. Dreは最も雄弁な男ではなかった。
最も劇的な男でもない。
だが最も多くの時代を作った。
N.W.A。Death Row。Aftermath。
Eminem。50 Cent。Beats。
名前を変えながら場所を変えながら
何度でも作り直した。
それがこの男の強さだった。
王ではない。設計者だった。
そして彼の遺産は
一枚のアルバムだけではない。
一人のスターでもない。
ヒップホップが
巨大な帝国になるための
構造そのものだった。
ラスト
ヒップホップはストリートから始まった。
小さな公園。
ターンテーブル。
ブレイクビーツ。
だがそれは止まらなかった。
都市へ広がる。
王が生まれる。
戦争が起きる。
産業になる。
帝国になる。
第3部 帝国編はその瞬間を書いてきた。
Jay-Z。Nas。Eminem。
王は何人もいた。
だが
だが帝国を作った男は多くない。
最後に残るのはその背後の名前だ。
Dr. Dre。
彼は王ではなかった。
王を生み続けた設計者だった。
それが
Dreの遺産だ。
ここまで
第2部、第3部を通して
1980年代から2000年代にかけての
ヒップホップを書いてきた。
街が生み、
王が現れ、
戦争が起き、
やがて帝国になった。
だが
忘れてはならないことがある。
ヒップホップは
ラッパーから始まったのではない。
DJから始まったと言う事を。
次回予告
ブラックミュージック連載
第4部第1話
すべてはDJから始まった
「ブロンクスの夜」
Photo: Ed Kavishe / CC BY-SA 3.0
Source: Wikimedia Commons
