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心を折ったのはーー信じた人だった

もう無理だと思う瞬間がある。

頑張ればどうにかなるとか
時間が解決するとか
そんな慰めが一切通用しない種類の絶望がある。

それは、仕事の失敗でもない。
人間関係のすれ違いでもない。

もっと深いところ。

自分の「根っこ」を作っている存在に心を折られたときだ。

親。
兄弟。
夫。

本来なら、自分の味方であるはずの人たち。

世界中が敵になっても、最後に残るはずだった場所。

そのはずだった場所から、否定されたとき。

人は、驚くほど簡単に壊れる。

他人の言葉は、所詮「外側」で止まる


他人に何を言われても、どこかで線が引ける。

「この人は他人だから」

そうやって、自分を守ることができる。

けれど、家族は違う。

自分の一部だからだ。

血が繋がっているとか
長い時間を共有してきたとか
そういうことだけではない。

自分が自分になる過程に、確実に組み込まれている存在。

だから、その人たちの言葉は、外側では止まらない。

まっすぐ、芯に届く。

そして、容赦なく心を折る。


折れたのは、心ではなく


多くの人は言う。

「心が折れたね」と。

けれど、本当に折れているのは心ではない。

前提なのだ。

・自分は愛されているはずだ
・自分は大切にされているはずだ
・ここには居場所があるはずだ

その前提が崩れたとき、人は立ち上がれなくなる。

立ち上がり方がわからなくなる。

だって、立っていい場所そのものが消えたのだから。


それでも世界は、何もなかった顔で続いていく


絶望しているのは自分だけで

朝は来るし
洗濯物は溜まるし
お腹は空く

世界は残酷なほど普通に進む。

誰も自分の崩壊に気づかない。

だから余計に思う

もう終わりだと。

でも、ひとつだけ残っているものがある


全部失ったように見えて

それでも残っているものがある。

それは、

「傷ついた自分」

壊された側の自分は、まだここにいる。

消えていない。

折られたのは、あなたの価値じゃなく

折った側の限界が、形になっただけだ。


根っこから折れた人間は、前とは違う場所に立つ


根っこから心を折れた人間は

もう同じ立ち方はできない。

同じ人を信じることも
同じように期待することもできない。

だからこそ

初めて「自分の足」で立つことになる。

誰かに支えられているという幻想ではなく

誰かに守られているという前提でもなく

何もない場所に

自分で立つ。

それは、孤独だ。

でも同時に

誰にも折れない心を作ったと言える。


心が根っこから折れたとき

あなたは弱くなったんじゃない。

「誰かを根にして生きる段階」が終わっただけだ。

これからは

自分自身が、

根になる。

では、どうやって根になるのか。

特別なことは何もない。

裏切られても、朝起きたこと。
何も感じなくても、ご飯を食べたこと。
意味がなくても、今日を終わらせたこと。

本当は、もう十分に始まっている。

根とは、

自分を裏切らないという「繰り返し」だ。

誰も信じられない日があってもいい。

何も信じられない日があってもいい。

それでも

自分だけは、自分を放置しない。

自分だけは、自分の今日を終わらせてやる。

それを何度も繰り返した人間の足元に、

気づいたとき、

根は張っている。

それは、誰にも見えない。

でも、

もう誰にも折れない。

なぜなら、

もう、

誰かに支えられて立っている人間ではなく、

自分を支え続けてきた人間だからだ。


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