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この毎日「いつまで続くの?」に疲れたときの心の置きどころーー

ふとした瞬間に、考えてしまうことがある。
この生活は、いったい いつまで続くのだろう、と。

仕事はいつまで?
家事はいつまで?
この毎日は、どこまで続いていくのだろう。

考え始めると、終わりが見えない。
そして気づけば、どっと疲れている自分がいる。


「いつまで」という問いは、
一見まっとうなようでいて、実はとても厄介なものです。

なぜならそれは、終わりを確定させたい心でいるから。
ゴールが見えれば安心できる。
区切りがあれば、耐えられる気がする。
先がわかっていれば。

でも現実はどうだろう
人生には、多くの場合「ここまで」という
明確な終わりは用意されていないことばかり。

だから私たちは、自分で問いを作っては、
自分で疲れてしまう。

「あと何年働くのか」
「この生活はいつ楽になるのか」
「私はいつまで頑張ればいいのか」

その問いに、正解はないのに。



朝起きて、ご飯を作って、片付けて、また仕事へ行く。
帰ってきたら、また食事の準備、洗い物、掃除。

「これ、あと何十年続くの?」
そんなふうに思ってしまう日が、誰にでもあるのだと思う。

疲れている日ほど、その考えは強くなり、
未来を見通そうとして、かえって今の足元が重くなる。

本当は、今日一日だけ見ればいいのに。
気づけば「ずっと先」まで背負うことに
なってしまう。


仏教では、「未来に心を飛ばしすぎること」は
苦しみの原因の一つと考えられています。

まだ来ていないものに対して、不安や重さを先取りしてしまう。
これを「妄想」ともいいます。

そしてもう一つ、大事な見方があって

それは、「物事は常に変化し続ける」ということ。
どんな状態も、同じ形のまま続くことはない。

つまり——
今のこの生活も、「このままずっと同じ形で続く」わけではない。


「いつまで続くのか」と考えてしまうのは、
この状態が「ずっと続く」前提で見ているというわけで。

でも本当は違います。

今の働き方も、
今の体力も、
今の家事の量も、
そして今の悩みさえも——

同じ形のまま、続くことはないわけです。

仏教でいう「諸行無常」。
すべては移り変わっていく
世の中のあらゆるものは一定ではなく
絶えず変化し続けているという真理のことをいいます

終わりを探すのではなく
今やることにだけ心を置く。

すると不思議と、
重かった「いつまで」の捉え方が変わってくる。

人生は長さで耐えるものではなく、
一日一日の積み重ねで進んでいくものだから。


あなた「いつまで」と考えるのはどんな瞬間ですか?

最後まで読んでいただきありがとうございます。
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