夏の風景
小学生の頃の夏休み。
カブトムシは、幼虫から育てていた。
土の中から見つけてきた幼虫を、土を入れたケースに入れて成長を見守る。
やがて蛹になり、成虫になる。
幼虫の段階では、オスなのかメスなのかわからない。
だから、蛹になり成虫になってオスだとわかると嬉しくて、メスだとちょっとがっかりした。
今思えば、ここでも男女差別があったのかもしれない(笑)。
でも、あの大きなツノはやっぱりかっこよかった。
娘たちが小さい頃には、近所の友達と一緒にカブトムシやクワガタを捕まえに行った。
前の日に木に蜜を塗っておく。
そして翌日、そこにいるかどうかを見に行く。
いたらラッキー。
そんな感じだった。
娘たちは、カブトムシを幼虫から育てたことはないし、それより見たこともないだろう。
そして私自身も、今だったら、あの幼虫を素手で触れるだろうか。
たぶん無理だ。
小学生の頃は、土に触れる機会が今よりずっと多かった。
だから、いろんな虫が身近にいた。
トンボも、バッタも、カエルも、カタツムリも、平気で触っていた。
トカゲもいたし
蛇だって、当たり前のようにいた。
不思議なことに、怖いと思った記憶があまりない。
毒蛇であるマムシは気をつけていたが、その他はほとんど毒がない蛇ばかりだった。
道端で車に轢かれた蛇を見て、私が「かわいそう」と言っていたらしい。それでびっくりしたと。
そのことを、今は亡き従姉妹が教えてくれた。
私自身には、その記憶がない。
でも、そういう子どもだったのだと思う。
これは春の話になるが、オタマジャクシが少しずつ姿を変えていく、尻尾がなくなり、足が生えてカエルになっていく。
その変化を、ただ面白いと思いながら眺めていた。
今思えば、あの頃の夏休みは、自然そのものが遊び場だった。
そんな夏の記憶の中で、少し寂しい思い出がある。
蛍だ。
私が幼い頃には、たくさんの蛍が飛んでいた。
少し大きいのが源氏蛍で、小さいのが平家蛍。
「源氏だ」「平家だ」と言いながら、追いかけていた。
娘たちが小さい頃、毎年のように一緒に帰省していた。
けれど、帰るたびに蛍の数が少なくなっていった。
最後にみんなで帰ったのが何年前だったのか、もう覚えていない。
ただ、その頃には、蛍はほとんどいなくなっていた。
昔はあんなに飛んでいたのに。
そう思うと、少し寂しかった。
そして今は、もう実家もない。
あの場所へ行くこともない。
私の記憶の中にだけ残っている、夏の風景。
土の中から出てきたカブトムシの幼虫。
木に塗った蜜。
蛇やバッタやカエル。
そして、夜の闇の中を小さな光を灯しながら飛んでいた蛍。
もう見ることのできない景色もある。
それでも、ふと思う。
あの場所に、今も蛍が飛んでいたらいいな。
誰もいない夜の川辺や田んぼの上を
昔と同じように、
小さな光がいくつも飛んでいたらいいな。
そんなことを思いながら、
今年も夏が残り少ないなあと
寂しくなってしまうのです。
