人と比べないことで、じぶんを好きになれた話📓─数字に頼らない、自分らしさの見つけ方
フォロワーは300人をやっと超えた。
正直、同じくらいの期間でフォロワー増えてる人は山ほどいるし、
毎日書いてこれだけ?
って思う人もいるかもしれない。
でも、ボクは気づいた。
この数字の裏には、“残ってくれた人”
300人がいる。
“読んでくれた誰か”がいる。
noteは、野球の打率とちがって減らない。
だからこそ、続けた分だけ、心のスコアボードが埋まっていく。
人は他人と比べてしまう生き物だ。
あの人は凄い!
あの人はこうだ!
あの人と比べたら…
無意識のうちに他人と比べなくていいのに比較している。
比べるべきモノは他人ではなく過去の自分だということに人はなかなか気づけない。
これは他人と比べないことで、自分の価値に気づけた、自分を今より少し好きになれたお話📓

第1章:数字はウソをつかない。でも、心がウソをつくときがある
noteを毎朝書き続けて113日目。
やっとフォロワー300人を突破した。
多いか少ないか、それは人によって感じ方が違うけど、
ボクにとっては、この300人は
“残ってくれた人”
“去らずにいてくれた人”
大切な300という数字だ。
SNSは数字に注目が集まる。
特に増えることばかりが注目されるけど、
本当は減らないこともすごいことなんだと思う。
なぜなら、その場所に居続けてくれているんだから。
たとえば、野球の打率はミスをすればすぐに下がる世界でけっこう厳しい。
XやTikTokもスピード感、時間の流れがはやい!
増える時は、増えるけど減るときもとんでもなくはやい!
でも、noteは違う。
書けば書くほど、積み重なっていく。
この積み上げた数字が“自分の足跡”になるって、ちょっと凄いなと感じる。
ましてやnoteは文章で表現する世界。
人によってはその1記事書き上げるのに膨大な熱量を注ぎ込んでいる。
しかも、動画じゃないことが多いからコスパが叫ばれるこの時代に、文章を読んでもらえることはかなり貴重だ。
そして数字はウソをつかない。
でも、自分の心はウソをつくことがある。
意味あるの?
やめちゃえば?
そんな声を打ち消してくれたのは、たしかにこの数字の積み重ねだった。
第2章:フォローの数より、気にかけてくれる“誰か”の存在がすべて
noteを書きながら、
反応がない日がある。
やっぱりちょっとだけ寂しい。
だって毎日、毎朝投稿し続けているから。
誰か反応してくれよ!
誰かスキくらい押してよ!
誰かボクのことを気に留めておくれ!
そんな思いに心が支配されてしまう。
そしてたまにくるコメントに救われる。
記事、読んでますよ。
熱量伝わってきますよ。
一緒に頑張りましょうね。
めったにこないけど…
そう言われた瞬間、
ああ、ちゃんと誰かに届いてた。
そう思える。
それだけで、今日も書いてよかったなと思える。
見える数字も大事だけど、
見えない誰かの気持ちもそこにはある。
実は一番ありがたい。
考えてみると、ボク自身もそうだ。
気になったnoteに毎日コメントできている?
気になったnoteを毎日ずっと読んでいる?
気になったnoteを毎日どれくらいの時間読んでいる?
みんなそんなに暇じゃない。
時間は有限だ。
今の時代はどこにどんなふうに時間を使うかな問われる時代だ。
反応がないからって焦っちゃいけない。
人に追いつこう!
そうって思うと焦る。
でも、“昨日の自分より少しでも良いものを届けよう”
そう思うと、心は不思議と軽くなる。
第3章:他人と比べない。それが、自分を好きになる一番の近道だった
他の人の成果やスキの数、フォロワー数を見て思う。
ボクは全然ダメだなぁ…
でも、続けて気づいたことがある。
ボクのnoteをちゃんと見てくれてる人がいて、書き続けているボク自身が、ちょっとずつ好きになれていることに。
ボク凄いやん‼️
誰かに言われなくても、そう思える日が増えてきた。
習慣の力はすごい!
最初は義務感だったものが
今では“心の支え”になってる。
ボクが自信をなくしたとき
noteを開いて過去の記事を読むと、
あ、ボクってちゃんとやってるやん
って思える。
紛れもなく、100日以上、書き続けてきたことは事実だ。
だから、今日も書く。
数字を意識するためじゃなくて
昨日のボクに、今日も投稿続けているよ!
そうボク自身に伝えるために…

ポイント要約📖
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