映画速報 シャブロル傑作選に駆けつけよう !
1950年代末にフランスで起こった"映画革命"、ヌーヴェル・ヴァーグ/「新しい波」(以下、N.V)の立役者の一人、クロード・シャブロル監督(1930~2010)。
フランス映画史上、シャブロルは最強(最恐)の犯罪スリラーの名手であったが、なんと彼の名品3本が公開中だ。(いずれもカラー。)
🟡(【クロード・シャブロル傑作選】
: シネマリス(東京・神田小川町)、
Morc(モーク)阿佐ヶ谷(東京・杉並区)にて上映中。以後、全国各地で順次上映予定。)
映画ファンなら絶対に見逃せない、奇跡のようなラインナップ(↓)である。
だがそれにしても、秀作『女鹿』(1968)に加えて、なぜか50年以上も日本未公開だった2本のシャブロルの最高傑作、『肉屋』(1970)と『不貞の女』(1969)が唐突に封切られてしまうとは!
こののっぺりとして退屈な令和ニッポンを切り裂く、悦ばしき"映画革命"である。
みんなして劇場に駆けつけ、"シャブ中(シャブロル中毒)"になろう! いざ"革命"の現場へ! "神田カルチェラタン"の再現を! (え、誰も知らない!?💦)
ではなぜ、やはりN.Vの旗手だった"永遠の前衛"、ジャン=リュック・ゴダール監督が60年代に撮った傑作群ーー『勝手にしやがれ』(1960)、『気狂いピエロ』(65)、『中国女』(67)、『ウイークエンド』(同)などなどーーの過激な尖り方、「難解さ」に比べて、もっとずっとポピュラーな作風でフランスでもヒットした戦慄的なスリラー、『肉屋』と『不貞の女』が長らく日本未公開だったのか。
思うに、シャブロルのこの2本は、N・V最盛期(1959ー60年)からおよそ10年後に撮られており、また、モノクロによるパリのドキュメンタリー的街頭撮影が売りで、内容も寄る辺ない若者の実存的ドラマがメインだったその時期のN・V作品とは、タッチ・物語・作風も大きく異なるゆえ、日本の配給会社が二の足を踏んだのではないか(推測だが)。
なお、N・Vタッチ溢れるシャブロルの出世作『いとこ同志』(必見!)は、日本でもフランス公開と同じ年の1959年に公開され、話題を呼び、やはりN・Vの中核メンバーだったフランソワ・トリュフォー監督の傑作、『大人は判ってくれない』(1959)も同年に日本で公開された。
これら初期N・Vの映画は興行的にも成功し、『いとこ同志』は41万6000人、『勝手にしやがれ』は38万人、『大人は判ってくれない』は45万人の観客動員数を記録した。
(✴️『大人は判ってくれない』は、NHKBSP4Kにて、2月28日(土) 21時より放送! NHKをぶっ壊してはならない!)
ともあれ以下では、『肉屋』と『不貞の女』について寸評したい(この2本については、近々「映画評」で取り上げる予定)。
●『肉屋』
ヒロインのエレーヌを演じるのは、シャブロル映画のミューズであり、当時シャブロル夫人でもあったステファーヌ・オードラン(両目の離れたユニークでエレガントな美貌が忘れがたいが、今回上映の3本はすべてオードラン主演で、キャストの点では彼女の特集だと言える)。
舞台はフランスのとある田舎町で、小学校教師のエレーヌは、同僚の結婚式で、平凡な外見の中年男、ポポール(ジャン・ヤンヌ、好演!)と知り合う。
ポポールは、インドシナ、アルジェリアの戦地からの帰還兵で、肉屋を切り盛りすべく故郷に戻って来たのだった。
じつはポポールは戦争後遺症を抱えていたが、一見したところ鬱屈した様子はなく、人当たりも良く、エレーヌとは意気投合し、地域のコミュニティにも受け入れられる。
ふたりは次第に親密になるが、過去に不幸な恋愛経験のあるエレーヌは、ポポールと恋仲になろうとはしない。
この、他人に対して注意深く距離を取り、かといって自分の殻にも閉じこもらず、如才ない対人能力を見せるエレーヌを、オードランは過不足なく演じていて、何ともいい。
(オードランは本作以外でも、無表情に近い顔をして、何かに対して過剰にレスポンス/反応しない演技を得意とした。)
しかもオードランの演技は、ときに自分の魅力を十分に心得ている女性に特有のコケットリーさえ見せる、繊細なものだ。
そうした点でステファーヌ・オードランはーーブリジット・バルドーよりも、ジャンヌ・モローよりも、はたまたカトリーヌ・ドヌーヴよりもーー、フランス的な、余りにフランス的な女優だと言えるだろう。
(エレーヌ/オードランが心の動きを滅多に顔に出さないからこそ、彼女がナマの感情を表す瞬間に虚を突かれる。)
さて、町ではその頃、女性ばかりを狙った連続殺人事件が起こるが、その真相が徐々に明らかになる恐怖/スリルは、シャブロルが強い影響を受けたという、アルフレッド・ヒッチコックやフリッツ・ラングのサスペンスとも、あるいは「フレンチ・ノワールの巨匠」、ジャン=ピエール・メルヴィルの「ハードボイルドなクールさ」とも明らかに異なる、まさに"シャブロレスク"としか呼びようのない異様な戦慄だ。
そこでは、ゆるやかな時間の流れる田舎町の日常を、不意に断ち切るように現れる非日常の恐怖が、ぞっとするような感触で描かれる……。
●『不貞の女』
「不倫映画」の究極形である本作のヒロイン/妻を、ステファーヌ・オードランが演じる。
(妻の名はエレーヌであり、『肉屋』のヒロインと同じ名前だが、"エレーヌもの"と呼ばれる、計5本のオードラン主演のシャブロル作品はシリーズや連作ではなく、各ヒロインのキャラクターにも共通点はない。「追記」参照。)
エレーヌは、一人息子の母親であり、小太りで平凡な風貌の保険会社重役の夫シャルル(ミシェル・ブーケ、好演!)の愛に包まれて、何不自由のない贅沢な暮らしをしていたが、じつは彼女には愛人がいたーー。
こう書いただけでは、ありきたりな不倫映画に思われようが、さにあらず、『不貞の女』には思いがけない"二重底"が仕掛けられていて、見る者を慄然とさせるーー。
シャブロルの好んで描く暖衣飽食(だんいほうしょく)の富裕なブルジョワ家庭がしばしばそうであるように、シャルル一家の平穏さは、文字どおり表面(うわべ)のものに過ぎず、その裏にはおぞましい秘密("ブルジョアジーの秘かな愉しみ"!?)が潜んでいるのだが、この超のつく傑作の、まさしく背筋が凍るような展開を、ぜひともスクリーンで堪能されたい。
なお、今触れた『ブルジョアジーの秘かな愉しみ』とは、やはりステファーヌ・オードランが不倫に耽る人妻を頓狂に演じる、ルイス・ブニュエル監督の傑作(1972)のタイトルである。
『女鹿』も必見作だが、ステファーヌ・オードラン、ジャクリーヌ・ササール扮するレズビアンのカップルが、一人の男を奪いあう、「革命」や「支配/被支配」をめぐる寓話とも読めるドラマは、シャブロルならではの予測不能な進行を見せ、こちらの「映画脳」をヒリヒリと刺激する。今回の特集の目玉は、じつはこれかもしれない。お見逃しなきよう。
ちなみに、N・V=ヌーヴェル・ヴァーグという映画ムーブメントについては、拙記事「映画評27」を参照されたい。
■追記
上記以外のシャブロル監督/ステファーヌ・オードラン主演の「エレーヌもの」には、『悪意の眼』(62)、『破局』(70)、『一寸先は闇』(71)ーーいずれも日本未公開ーーがある。なお『一寸先は闇』の原作はエドワード・アタイヤの『細い線』(1951)だが、すでに1966年に成瀬巳喜男監督がこの推理小説を、『女の中にいる他人』というタイトルで映画化している(主演・新珠三千代、小林桂樹)。両作ともサスペンス・タッチが冴える逸品たが、シャブロル作品のほうが、よりシニカルで残酷なテイストが色濃い。
