お笑いの歴史から見る、お笑いの加虐性
こんにちわ
こんばんわ
ともひろです。
今回はお笑いというテーマをお送りします。
漫才とか面白いトークとか
そこら辺の話です。
先日に投稿したので
これの続きみたいな感じです。
今回はなぜ面白いかを
お笑いや漫才の歴史から
見て現代のトークの面白さなどに
繋げる感じでいきたいと思います。
なぜお笑いは面白いのか?
なぜあの人のトークは面白いか?
笑うという行為の裏にはなにがあるか?
これらを紐解いていきます。
それではどうぞ。
いじりとお笑い
これは私の実体験でもありますが
学生時代に何かいじりを受けた経験がありますか?
私は容姿でいじられました。
クラスの一軍とか言われる奴らに
額が広いことをよくネタにされて
笑いものにされたものです。
笑われるって体験は
何かしら差別的な意図があるのではないか?
それを当時から考えてました。
私はその時に感じたのは
笑うというのは楽しく気分がよくても
笑われるって感覚は気分がよくないことです。
実際、私が容姿で笑われたときは
侮辱的な感情の他に恥という感情もありました。
以来私は自分の顔が恥ずかしく思ったものです。
(今はそんなに)
ここで重要なのは
笑われる側というのは何らかの
悪感情、不快を抱くことです。
そして実はこの感情などについては
昔から思われていたことなのです。
お笑いの歴史
少し歴史を振り返りましょう。
現代では笑われる人、つまりお笑い芸人が
職業として確立されています。
ではお笑い芸人たちは
いつの時代から存在したのでしょうか?
お笑いというのが
歴史に確認されたのは江戸時代
当時はお笑いとは芸なども含めて
万歳(まんざい)と言われていました。
そしてその万歳をやっていた人が
当時の穢多非人(えたにひん)という人たちです。
穢多非人を知るためには
当時の身分制度を知る必要があります。
この当時は士農工商(しのうこうしょう)
というのが身分を表していました。
士→武士
農→農家
工→工職人(大工とかの職人)
商→商売人
全ての人はここの何処かに
当てはめられていました。
しかし
穢多非人という人たちは
ここにはどこも当てはめられません。
穢多非人と言われる人たちは
奴隷のような人で
今で言う人権のない人たちの総称だ。
漢字から見ても分かるように
穢多→穢(けがれ)多き人
非人→人に非ず
そもそも人のような扱いを受けてなかったのです。
ではなぜ穢多非人が
万歳などのお笑いをしていたのですしょうか?
理由は簡単です。
笑われることが恥だからです。
笑われることが恥だから
笑っても笑われてもいい身分でもある
穢多非人がやっていたんですね。
それだけ笑われるってことは
屈辱的で人間が受けるべきものはなかった。
言い換えれば
笑う側には相手への蔑みなどの
侮辱的な感覚はあったのでしょう。
人を侮辱できる立場っていうのは
いつの時代も高い立場ですから。
嫌なもんですね。
それは笑う側には
ある種の加害性があると言えるでしょう。
お笑いっていうのは相手に侮辱されて
加害性のある行為とも言えると思います。
ちなみにこの穢多非人と言われる人たちは
時代が進み明治時代に身分制度が廃止され
誰もが平等となりました。
そのしてこのときに
お笑い芸をする人
つまりお笑い芸人が誕生したんですね。
なんとなく見てるお笑い番組や
底に出ている芸人さんにも
こんな歴史があったんですよ。
現代のお笑いは?
では現代においてお笑いには
加害性があるのでしょうか?
それはもちろんあります。
代表的な例でいくなら
いじりやツッコミでしょう。
これらは相手の発言や考え、容姿について
指摘、あるいは批判的な意見している。
面白いと思う人は
他人のいじりが面白いかったり
ツッコミが鋭い人でしょう?
なのになぜ、それを不快に感じないのでしょうか。
それが芸人の上手いところなのです。
彼らは私たち見るや受ける側に
加害性という不快感を
与えない工夫をしているからです。
言葉選びだったり声のトーン
そういった表現方法を場に合わせて
臨機応変に使いこなしているのです。
それがトークの面白い人であり
加害性を笑いに昇華できる人だ。
そしてもう1つお笑いには種類がある。
それは自分を加害(笑われてもいい)の
対象にすることだ。
自分の恥ずかしエピソードや
失敗談などをすることだ。
これによって自分の立場を下げて
自分を笑ってもいい対象として
お笑いを作ることだ。
番組でこんなバカなことするか?って
番組は面白いですよね?
それはその人達が自分をバカにしてもいい対象となり
自分がそれを加害(バカにする)から
笑えて面白いのです。
まとめ
私が言いたいのは
お笑いや笑うって行為は
加害性があるよねってことです。
人から笑われる体験がトラウマになったり
いじられる役回りからいじめに発展するのも
この流れならそれはそうだよねって感じです。
笑いってツールは本当に使い方が難しい。
一歩間違えれば相手を加害しかねないツールだ。
それをうまく使って
加害を感じさせずに笑いへ変換する人が
人気やトークが上手い秘訣なのだろうか。
私自身は笑われるのも好きじゃないから
他人を笑いたいとはあんまり思いません。
でも笑うのは好きです。
だったら自分が笑われるのも認めるべきだし
何より自分を笑いたいよねって思います。
あなたにとってお笑いとはなんですか?
よかったらコメントで意見をください。
ここまで呼んでいただきありがとうございます。
次回は2025/07/19更新予定です。
それではまた。
