愛が無いと元嫁にダブルで言われた話
私はバツ2のアホですが同じセリフを両嫁に言われた事があります。
1回目は親友と元嫁1と桃太郎電鉄をしていて鬼の様に手を抜かない私に対して放たれました。
〝いや、夫婦でも手を抜いたら親友がアカン〟と当に無敵状態だった私はゲームへの敬意も相まって貧乏神をばら撒き、集中した覚えはないのだが、当然私に贔屓してもらって当然と思っていたのだろうそのセリフが出ました。
〝愛〟とはなんなのか?
彼女に対してもっと優しく対応していればと思う事は枚挙に暇もないが、そこに〝責任〟が見えづらく何か良いところだけ与えられるのが当たり前と少しでも感じていたなら近年の結婚観は崩壊していると感じます。
もちろん私ももっと意見を出せる様に優しい対応をしてお互いが親として育つ観念を持つべきだったと反省の日々です。
結婚や育児など始めてやる共同生活で自分より混乱しているのは妻なのだとその時はわからなかった。
私的に腹立つ事は続き離婚した後も
〝私は被害者〟と感じていました。
そして長年が経ちやっとわかった事は被害者と自身で思っている以上、自身に進歩は無いって事。
今年靖国参拝して心の腹にストンと落ちた事です。
生活の為に金の為に怒り怒鳴り、くたびれて、仕事の為に休息し、他を押しのける気持ちはまるで餓鬼の様な現状に気がついたのです。
奪うではなく与えるのは物資だけでは無い。
困った誰かのために何かしたい!と魂がずっと言っていたのにずっと聞こえなかったし聞こうとしなかった資本主義に浸かった私がいた。
今、私は知らない高齢者を助けて更に自分の過去を助けていると考えています。
頭に浮かぶのは文豪ディケンズのクリスマスキャロルの一編
「我ら亡霊はあの哀れな母娘をもう永遠に助ける事が出来ない!」と嘆き悲しむ。
私は今、出来る事をしてみようと思う。
