[掌編小説]おてあげですね【アマノ文筆クラブ】
「おてあげですね」
部長に新人の原岡くんの状況を尋ねられた私はそう答えた。
部長は渋い顔をする。
「やっぱり厳しい?」
「厳しいですね」
「なんとかならない?」
懇願するように部長が言う。
「あそこまでのレベルだと、なんともならんです。真面目ではあるんですけどね・・・」
そう言って指さすと、その先に人差し指だけで懸命に文字を打ち込む原岡くんの姿があった。
「なんで、大卒なのにキーボードが扱えないんですか?」
「野球しかしてこなかったらしい・・・」
「人事は何を考えてるんですか?うち、システム屋ですよ」
「甲子園出場っていうだけで、採用しちゃったんだって」
「はぁー」
「じゃあ頼むね。採用にもお金かかるからさ」
そう言うと、部長はそそくさと去っていった。
「ちっ」
舌打ちをしてから、私は原岡くんに近づく。
「原岡くん、調子はどう?まずはブラインドタッチを身につけよう」
昨日買ったタイピングソフトを渡す。
「ありがとうございます!」
立ち上がってから、元気な声を出し、原岡くんはソフトを両手で受け取る。
周囲の新人がくすくす笑っている。
その嘲笑が聞こえないように、原岡くんはキビキビとソフトをインストールしている。
「おてあげですね」
部長に原岡くんの様子を聞かれてそう答える。
「だめかー」
「ブラインドタッチは2週間で身につけたんですけどね・・・」
原岡くんを見ると、手元の本を見ながら、頭を抱えている。
「コーディングになるとハードルが高いみたいです」
「だよねー。でも頼むよ」
部長が去っていく。
「はぁー」
ため息をついてから、原岡くんに近づく。
「原岡くん、どう?出来そう?」
原岡くんに優しく、声をかける。
「あの・・・わからないところ、聞いてもいいですか?」
手元の教本にはびっしりとメモが書き込まれている。
「もちろん。僕は育成担当だからね。なんでも聞いて」
「じゃあ、質問まとめたんで教えてください!」
そう質問に、一つずつ丁寧に教え込んでいく。
「・・・まずまずですね」
部長にそう答える。
「おっ良くなって来た?」
部長が嬉しそうにする。
「はい。意欲がすごいですね。とにかく必死です」
「甲子園球児だからねー。やっぱ根性あるんだよ」
部長が適当なことを言う。
「じゃあ、引き続き頼んだよ」
「はい」
返事をすると、原岡くんに近づく。
「どう?準備は万全?」
「はい・・・でも、他の新人たちより先に、お客さんのところに行くなんていいんですか?」
「いいんだよ。原岡くんは色々やってみよう。あんまり、頭良くないからね」
そう言って笑う。
「いやっ、ストレートすぎですよ!そうですけど!」
原岡くんがニコニコと笑う。
「どう?客先。やっぱり駄目だった?」
「いえ・・・」
私は自分の中の言葉を探るが、真っ先に思いついた言葉を使う。
「完璧です」
「完璧?」
「はい。難しい用語を一切使わずに上手に翻訳して、システムを説明しました、特に顧客の懐への入り方が抜群です。案件をもう一つとってきました」
「案件とってきたの!?新人で?」
「はい・・・」
「じゃあ、どうなの?原岡くんの評価は」
部長がニヤニヤしながら聞く。
「そうですね・・・」
少し考えてから笑顔で答える。
「おてあげですね」
アマノ文筆クラブ様に参加させていただきました。
お題【おてあげですね】
