[掌編小説]聖地になれなかった海【風まかせ文芸部】
抜道を通ると、いつも坂の下の方に海が見えた。
坂を転げるように友達が自転車で走り抜けていく。
僕は自転車を後ろから走って追いかける。
海に着くとみんながダイブしている。
僕も急いで海にダイブする・・・
「西山って出身どこだっけ?」
飲み会でサークルの先輩の伊藤さんが僕に話を振る。
「広島の尾道です」
少し胸を張って答える。
「おぉー時をかける少女じゃん」
「そうです」
僕がますます鼻を高くすると急に話題が変わる。
「緒方はどこ?」
「西宮です」
「涼宮ハルヒじゃーん」
先輩がふざけながら両手で緒方さんを指差す。
「やめてくださいよ。聖地巡礼とか流行りじゃないです」
緒方さんがそういうと、僕は『もう流行りじゃないんだ』と少し驚くが顔には出さない。
飲み会を抜けてタバコを吸っていると緒方さんが現れる。
「どうもです」
軽く挨拶される。
「うす」
僕も挨拶を返す。
「聖地巡礼って流行りじゃないんだ?」
僕は緒方さんにそう問いかける。
「あぁー」
そう言って緒方さんは少し天を仰ぐ。
「いや、尾道はいいと思いますよ。時かけは尾道でやる意味あるじゃないですか」
「そうかな」
「そうですよ」
緒方さんがタバコを消す。
僕はタバコをフーとふかす。
そして・・・
「この後さぁ、海行かない?」
僕は思いつきを装って、緒方さんを誘う。
「・・・私、水着ないですよ。それに人前で着れないです・・・」
少し顔を赤らめて緒方さんが言う。
「いいよ。君も時をかける少女になろうよ」
そんな緒方さんにグッときながら、適当なことを言う。
サークルメンバーに海に行くことを伝えると、伊藤さんも一緒に電車で湘南へ行くことになった。
茹だるような暑さも夜になるとずいぶんマシだ。
「いいねぇ。夜の湘南」
伊藤さんがワクワクした声で言葉を出す。
「多分、入れませんよ」
少し冷めた様子で緒方さんが言う。
「入っちゃえばいいんだよ」
僕は適当にそんなことを言う
「ここスラムダンクのアレですよね!?」
緒方さんは急にテンションが上がっている。
「そうだねー」
何度か来た事がある僕は軽く答える。
「じゃあ、海行っちゃおうか?」
伊藤さんが柵を乗り越えている。
続いて、僕たちも乗り越える。
「「「海だー」」」
三人で叫ぶ。
「青春っぽくないですか!?」
緒方さんはテンションが上がりっぱなしだ。
その言葉にあえて僕は答えない。
少しだけ、じっと海を眺める。
目の奥が熱い。
緒方さんが少し首を傾げるようにこちらを見てから僕は言う。
「緒方さん」
「はい?」
「僕はもうすぐサヨナラなんだ。親が倒れて、実家に帰ることになった」
なるべく淡々となんの感情も込めずに言う。
「えっ」
緒方さんの表情が変わる。
伊藤さんは何も言葉を発さずじっと聞いている。
「だから、最後に緒方さんとこっちの海に来られてよかった。緒方さんも尾道にきた時は連絡してよ。聖地巡礼するからさ!」
そう言ってグッドポーズをつくり笑う。
「いやや」
「えっ」
「いやや。いやや。いやや」
「いやと言われても・・・」
「なんでなん?私、西山さんのこと好きやのに」
そう言って、緒方さんが目から涙を流す。
僕はその姿に思わす言葉が出る。
「そんなん言われてもしゃあないじゃろ!」
そう言うと二人とも黙り込む。
少しオロオロしていた伊藤さんが僕たちに声をかける。
「戻ろっか。帰るのはしゃーない。緒方」
帰り道では誰も喋らなかった。
そんな静寂を少しづつ壊すように僕は声を出す。
「尾道にはさぁ。いっぱい抜道があるんだ。そして、どの抜道を抜けても海に繋がってる。緒方さんもいつでも来てよ」
「・・・海なんか見飽きとうねん」
緒方さんが不貞腐れたように言う。
伊藤さんが僕たちにかける言葉を探して、一生懸命頭を捻っている。
江ノ電が藤沢方面へ向かっている。
もうすぐ夏が終わる。
風まかせ文芸部に参加させていただきました。
テーマ【抜道】
