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「それを人は何と呼ぶのだろう。夢だろうか、希望だろうか・・・。心の内側から湧きあがる気持ち。それを素直に感じたい。」心に浮かんできた言葉(095)

こんにちは「てると大吉」です。
紫陽花の季節が通り過ぎていきます。

さて、ある方から「高校生の孫がやりたいことがわからないって言うのよ」と愚痴のような相談事のようなお話を伺いました。

大学進学は前提のようでしたから「興味のある学部はないの?」など、お話しされてはどうですかと、その時は返したのですが・・・。

そのお孫さんは優しく素直なお子さんのようでした。もしかしたら、大人の期待を受け止めて頑張る自分をセルフイメージとして持ち、成長してこられたのかもしれません。

自分が本当にやりたいことは感じないようにして・・・。

ならば、そんな大人から受け取った「こうしなくては」という枠をはずしたら、何が残るだろうかと、ちょっと立ち止まる時間が必要なのかもしれません。

学生時代、*心理学の講義で、エリクソンの唱えたモラトリアムという言葉を知り「今の自分もそうだ」と納得したことを思い出します。

モラトリアム(猶予期間)の課題のひとつは、自分の「やりたい」を見つけること。それを人は何と呼ぶのでしょうか。夢でしょうか、希望でしょうか・・・。

「やりたい」という言葉にはどこかギラキラした「欲望」のイメージもあるなぁと思っていたら・・・。学生時代に読んだ小説のなかの言葉が脳裏をかすめました。

自分が最も欲しいものは何かわかっていない奴は、欲しいものを手に入れることが絶対にできない。

『コインロッカー・ベイビーズ』(上)著者 村上龍
1980.10.28 株式会社講談社

あのころ、自分の内面から湧きあがってきた気持ちを、素直に感じていなかったら、今の自分はいないのでしょう

大学卒業後、社会のなかでやりたいことを感じて行動して、新しい経験をして、また新しいやりたいことを感じて・・・。そんな繰り返しのなかで、もしかしたら、自分も誰かの役に立てているかもしれないという感覚を持てたことが、僕の人生を前へ進めてくれた気がします。

こうしたい。こうありたい。それは変化こそすれ、ずっと僕の心のなかにあったのです。

現代の若い人たちは、夢とか希望を持ちにくい時代を生きているとも聞きます。だけど、人は何者かになりたい、何者かでありたい存在だということは、いつの時代も変わらないのではないでしょうか。

他の誰でもないあなたの心の声。それに耳を澄ませてほしい。

ちょっとお節介な気もしますが、これは学生時代が、もう数十年前となった僕が素直に感じていることです。

今回も読んでいただき感謝です。みなさま、どうぞよき日曜日を🍃そしてつつがなき日々を🍃ー2026.6.27ー

*心理学者のE・H・エリクソン『自我同一性  - アイデンティティー
とライフサイクル 』(誠信書房)がテキストだったはずです。


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