「先生が残した宿題」ずっと忘れられなかった、一匹のハエの話
ハエとキャラメル
先日、高校時代の国語の先生について記事を書いた。
授業で読んでくれた『にじいろのさかな』の話だ。
思っていた以上に多くの方が共感してくださった。
その時、ふと思った。
先生は、あの頃ほかにもたくさんの話をしてくれていたはずだ。
私が忘れてしまっただけで、
まだ受け取れていないものがあるのではないか。
そんなことを考えていた時、
記憶の奥から、一つの場面が浮かんできた。
死刑囚。
一匹のハエ。
そしてキャラメル。
はっきりとは覚えていない。
けれど高校生だった私は、その話を聞いたあと妙に胸がざわついた。
数十年以上たった今でも、その場面だけが消えていない。
たしか先生は授業の前に、
「島さんという死刑囚の短歌があります。今から読んでみます」
そんなふうに話した気がする。
そして読み終えると、
いつものように本を閉じた。
感想も言わない。
答えも言わない。
しばらく静かな時間が流れ、
何事もなかったように授業が始まった。
私はその時、
何を感じたのだろう。
なぜ忘れられなかったのだろう。
気になって調べてみると、
島秋人という人にたどり着いた。
誰にも愛されなかった少年、島秋人。 本名・中村覚。1934年生まれ。
父は公職を追われ、母は結核で逝った。 自身も病弱で、七年間ギプスをはめて生きた。 いじめられ、学校になじめず、職を転々とし、少年院、放火、服役。
今でいう「生きづらさ」を、その言葉もないまま生きた。
1959年、二十五歳。 餓えに耐えかねて農家に押し入り、人を殺した。 翌年、死刑判決。 取り返しのつかない罪だった。
独房の冷たい壁の中で、島は一冊の本と出会う。 開高健の『裸の王様』。 絵を描くことで心をひらいていく少年の物語だった。
それを読んで、ひとつの記憶がよみがえった。 中学一年の美術の先生に言われた言葉。
「君の絵は下手だが、構図がいい」
人生でただ一度だけ、褒めてもらった言葉。
島は先生に手紙を書いた。 先生はもう顔も覚えていなかった。 それでも返事をくれた。 奥さんが短歌を三首、添えてくれた。
それが始まりだった。
死刑囚・中村覚は、歌人・島秋人になった。
不思議だった。
先生は島秋人の生い立ちも、
事件の内容も、
ほとんど話さなかった。
私が覚えているのは、
死刑囚と、
ハエと、
キャラメルだけだ。
きっと先生は説明したかったのではない。
考えてほしかったのだと思う。
高校生だった私は、
答えの出る数学が好きだった。
正解があるからだ。
けれど先生の授業には正解がなかった。
本の一文を読んで、
自分の言葉で意味を書く。
それをノートに書いて、先生に提出する。
それが楽しかった。
当時の私の文章は、
理屈っぽくて、
真面目で、
少し硬かったと思う。
それが良い文章だと思っていた。
けれど先生に読んでもらううちに、
私の言葉は少しずつ角が取れていった気がする。
人の気持ちを考えるようになった。
先生は国語を教えていたのではない。
人の心を考える力を教えていたのだと思う。
先生は卒業と同時に学校を辞めた。
その後、遠くで再婚したと聞いた。
会おうと思えば調べられるかもしれない。
けれど私はそうしない。
あの頃の先生は、
あの頃の私たちに何かを残そうとしていた。
その思いだけで十分な気がする。
先生が本当に伝えたかったことは、
今もわからない。
だから私は今も考えている。
にじいろのさかなのことを。
島秋人のことを。
人の心のことを。
数十年以上たっても答えは出ない。
けれど先生は最初から答えを教えない人だった。
だからこれでいいのだと思う。
もしかしたら、
今も考え続けていること自体が、
先生から受け取った宿題なのかもしれない。

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