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【不登校傾向/小6】卒業までもうすぐ。あなたとの「今」と正直な気持ちをここに書き残しておこう。

今日はぽかぽか陽気の日。

春だなあと思いながら、息子が通う小学校から帰ってきました。

卒業式の全体練習に出る、という息子を車で送ってきたのです。

本番は4日後です。


今日も息子は、

校舎をすぐ目の前にした車の中で、

空を見上げるように、

でも、目は閉じて、

呼吸を整えるようにして。

そして、「整った!」「心が決まったんだ!」、というような自分のタイミングで、

シートベルトをカチャッと外し、車を降りて行きました。



ところで私は、その整うまでの数分間で息子にこんなことを聞いていました。

「ねえ、◯◯にとって、この『学校』という存在はどういうものだったの?」

どんな答えが返ってくるのだろう?と言葉を持っていると、

「それは、本当に卒業してから答える。まだあと何日か残ってるでしょ。」と。

このへんの律儀さはなんとも息子らしい。

私は「そうだね。じゃあ、本当に終わった後に教えてね。」と返し、クスッと笑いました。

でも、息子は今度はこんな言葉をつなげます。

「でも、今の気持ちなら言えるよ。

僕は今、すごく緊張してるんだ。

ママ、頭ナデナデして。」


あらまあ、頭ナデナデか。

ここ、窓越しだけど、思いっきり職員室の前だよ。いいの?


と思いながらも、車内でちょっとだけ頭ナデナデ。


そうして、息子は車から降りていったのです。


降りてからは、なんだかいつも以上に気が重そうで、

さっきまで頭をなでられていたのがウソのように、

素っ気なく、私の方を振り返ることもなく正面玄関に入って行ったけれど、

不思議とそこに足を踏み入れてからは、2回、3回とこちらを見、手を振ってくれました。

ガラス張りなので、中の様子が遠くからも見えるのです。


こんなに何回も振り返るのは初めてだな、と思いながら、私はその姿をいつも以上にちゃんと見届けていました。



卒業まではカウントダウン。

この、公立の、一見誰にでも平等に開かれているかのように見える小学校は、

結局、最後の最後まで、息子にとっての「行きやすい場」にはなりませんでした。

今の私は、卒業を前に感傷的になる、ということはあまりなく、

「なんだか不思議だな」という表現が一番ふさわしい感じです。

籍だけはしっかりあるから繋がってはいるけれど、実体はここにない。

でも卒業は出来てしまう不思議な装置。

表現はおかしいかもしれないけれど、これが今の私の気持ちを正確に表すコトバだな、

と自分なりにはとてもしっくりきています。


なんなんでしょう?

宙ぶらりんとでもいうのかな、

「お客さん」の息子がとりあえず形だけ、

「卒業」というものをこれからするんだな、という感じなんですよね。


ところで、

息子は、この学校で誰よりもたくさん、休んだ子です。

そして、息子がそうなら私は、

この学校で誰よりも欠席連絡をした親であり、

誰よりもこの駐車場で時間を過ごした親です。

送迎回数も、

駐車場から「学校」というものを眺めていた時間も、

誰よりも多いでしょう。


でもなんか、

これはこれで、かっこいいじゃないか!

と、ふと思いました。


皆勤賞だったとか、100点をとったとか、何かの大会で賞をとったとか、

残念ながらそういう輝かしいことは何もなかった小学校生活…。

けれど、

行きたいのか行きたくないのか、

何の授業ならどれくらい出られるのか、

自分は今、緊張しているのか、怖いのか、楽しいのか…。

こんな風に、何よりも「自分」というものに向き合ってきた息子!

それって、めっちゃ、かっこいいことじゃないの!

そして、私だって、

行ったとか、何かが出来たという行動や結果ではなく、

息子のあるがままの存在、 

感情というものに、

どの瞬間もたくさん向き合ってきました。

これだって、すごいことじゃないの!

こんな覚悟の要ること、普通は出来ないの!



練習だけで緊張してしまっていて、卒業式本番を迎える前に力尽きてしまうのではないか…。

そんなことを思いながら息子を見送った3月の春の日。

今日は送った時の息子の後ろ姿を思い出しながら、今の正直な気持ちをここに置いておきたいと思います。


最後までお読みいただきありがとうございました😊

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