勉強のできる人とは?
みなさんおはようございます。子供にとって、いや大人にとっても勉強は辛いものです。しかしそんな勉強でも頑張ってできる人とそうでない人がいます。彼らは何が違うのでしょうか?結果を出している人は出せていない人と何が違うのでしょうか?今回そんな疑問に自分なりに考えてみました。そういえばある時から境に私は勉強が苦にならなくなりました。それまで勉強が大嫌いだったのに(大学時代を除く)義務感からではなく、自主的に取り組めるようになったきっかけを紹介します。そこには上司の一言が私を変えました。そのときの話をしたいと思います。
まずその時の上司が私に言ってくれた言葉が「勉強のできる人とは、完璧を求めない人だ」でした。最初は意味が分からなかった私ですが、話を丁寧に聞いて行くうちにその意味が分かって来ました。どうやらその上司が言いたかったのは完璧を求めて勉強に取り掛かってしまうと、間違えることを恥だと感じてしまい、勉強に取り組めなくなってしまうとのことです。当然最初からできることを前提に話を進めてしまうと、できなかったところで嫌になりそれ以上前に進めなくなります。ここで挫折してしまいその先がありません。しかし勉強ができる人というのは最後まで完璧を求めないとのことです。なぜそうする必要があるかと言えば、時間配分の問題です。完璧を求めようとすれば余計なプレッシャーを受けることにもなるし、さらに大事ではないところまで細かく覚えようとするため、勉強時間が足らず結局テスト本番に間に合わないなんてことになります。
そこで勧められたやり方はまずは合格点や平均点を取ることを目指すようにしよう。具体的な数字を出せば60点で大丈夫とのこと。もし受験生がこんな目標を立てたらどうでしょうか?間違いなく怒られるかと思います。しかし試験において点数が評価対象になることがあるでしょうか?合格不合格でしか判定されないため余分に、それこそ100点を取っても自己満足はさておきそれほど意味がないものだと言えましょう。奨学金などの特別な事情があるならさておき、普通の人だったらまずは合格できればそれで大丈夫だと思います。それに対して完璧な答案を出す必要性は正直ないと思います。大学にしても合格さえできればあとは入学できます。受験の段階で満点を取る必要はありません。
これは仕事や社会人の資格試験においても同様のことが言えます。もし仕事の出来を気にして完璧を求めて作業をしていたとします。そうなれば間違いなく納期や期限に間に合わないなんてことになるでしょう。さらに最近よく言われるようになった生産性についてもですが、精度を上げると当然生産性も悪くなります。現代社会において歩留まりは大事かもしれませんが、それでも100%なんてことはまずありえません。逆にそんなことしていたら納期に間に合わなくなり会社としての信頼を落とすことになります。これに関しては適合品を作れればOKと割り切り生産していくことが重要だと言えます。また資格試験においても、社会人は通常学生に比べたら勉強する時間的余裕も少ないでしょう。そうした少ない時間を有効活用するためにも合格ラインといった現実的な設定をすることが重要です。実際問題試験で問われたことを完璧に答えられたかといってそれがそのまま仕事に反映されることはありません。実務経験を積んで人は仕事ができるようになります。最初から完璧を求めて勉強などしても嫌になるだけでしょう。
このように実生活でも勉強ができるようになりたければ高すぎる目標を立ててはいけないし、時間配分を考えて勉強をしないとそれこそ本番に間に合わないなんてことになります。私もその上司の言葉をもっと早く聞いていたら人生そのものが変わっていたかもしれません。やはり何事もそうですが、完璧主義に陥るとその分数をこなせなくなってしまいます。上手な時間の使い方が求められる現代においてこうした一定の割り切りは重要だと思います。有限の資源を有効活用する上でも完璧を目指さずそこそこの出来を目指した方が周りからの評価もよくなります。上司の言う通り勉強のできる人とは、完璧を求めない人だというのは本質を突いていると言えるでしょう。
さてみなさんは仕事をしていて心に残った上司の言葉はあるでしょうか?きっとその時はわからなかったけど、後から考えたらこういうことだったのだろう、といったことは多いかと思います。というわけで、今日も仕事頑張ろう。
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