軽井沢
2026.2.19
2021年あたりコロナの自粛が少し緩くなって来た頃。母親が長野県上田市にある美術館「無言館」に行きたいと言うので、一泊二日で旅行に行った。
新幹線で上田駅まで向かい、電車、バスを乗り継いで美術館に向かいました。
戦争で亡くなった美大生が残した作品、持ち物が展示され母親も「来てよかった」と言っていた。
その日小諸のホテルに泊まる為 近場で行けるところを探していると、美術館のバス停〜別所温泉まで乗り観光して、上田駅に戻り上田城を散策、電車は本数少ないながらも効率的に回れたと思う。

17時頃 チェックインして温泉に入って「次の日は軽井沢〜草津に行こう」と計画を立てて寝た。
朝食を食べて電車で軽井沢駅に向かい、最初の住み込みバイトで北軽井沢の観光農園に行った時に乗り換えで来たこともある。
野沢温泉で働いてた時は休日を使い地元の友人に軽井沢まで来てもらい、その友人からビートルズを教えてもらったので ジョン・レノンが行ったカフェ、パン屋ゆかりの地を巡り、アウトレットも行きました。

母親は建物が好きなので、「教会(軽井沢ショー記念礼拝堂)と万平ホテルに行きたい」と言うので駅から歩いて旧軽井沢銀座商店街に向かっている最中に。
今でも稀に起こるのですが、気分の落ち込みが急に始まった。何もかも面倒になってしまい駅着いた時までは楽しかったが、母親には本当に申し訳なかったけど、いつもの様に明るく「うわ!この建物すごい、みてよ!」と言ったけど、もう反応も悪くて「…うん」とテンションが低い。
旧軽井沢通り〜教会に向かうのですが、もう体がずっしり重くて日本で代表的な観光地で周りはを見れば、カップル、家族がみんなニコニコ楽しそうにお土産を選んだり、カフェ行ったりしてる中、一人俯いき一刻も早く帰りたい。
母親の後にはついていく事はしても会話は一切しない。自分で文章書いていても本当に嫌だね。
教会に着いても「俺ここで待ってるから」入口で一点を見つめてぼーっと立っていて
母親は凄くこんな暗い奴が隣にいても変わらず接して「次はこの先の万平ホテル行こう!」と言い。今だったら有難いと思うが、当時は「(もういいから早くどっかに座りたい)」と思っていた。
教会〜万平ホテルの道のりは相変わらずトボトボと俯きながら歩いて、たまにフト顔を上げると辺りは天気も良くて湿気もなく両側に木が立ち並びクルマのCMみたいで綺麗な道なんだよ。「(なんでこんな所で俺は落ち込んでいるんだ?)」原因は分からない。だけど観光地にまで来て とにかく母親には申し訳ない気持ちで一杯だった。
「(なんでこんな事に…)」と思っていると、スッと涙が流れた。え?意味が分からなかった。
「(え?なんで俺泣いてるんだ?)」
涙を拭きながら万平ホテルに着いた。
流石に限界で母親に「ごめん。ちょっとロビーで座ってるから」と少し落ち着かせる為に、ソファーで伏せていた。「(なんでこんな事になったんだ?)」繰り返しずっと考えている間も、
聞こえてくるのは、これからチェックインするのか満点の笑顔の家族連れがワイワイ楽しそうに入って来たりしている隣で涙を流しながら鼻を啜っていた。



平常時なら俺も館内を見て回りたかったし、少し経つと母親が戻ってきて「すごいよ、三島由紀夫さんの直筆のサインもあったし、ジョン・レノンが弾いたピアノもあった。ちょっと見てくれば?」と言われたが、正直さっきよりは少し落ち着いてきてはいたが、今更明るく見にいく訳にもいかず「もういいよ、出よう」とホテルを出た。
それから草津温泉は軽井沢駅からバスで行けるので駅まで戻る。
「そろそろお腹すいたからどこかで食べない?」と母親が言うが「俺は別にいらないから、食べてくれば?またちょっとそこのベンチにいるから」とまた伏せて、陽を浴びながら包まって一人反省して
すると、「なんか美味しそうなテイクアウトのカレー買ってきたよ!」母親が戻ってきて、それを見て「いらない!」とは言ったけど、
そろそろお腹空いてきて食べたかったんだよ。だけど「いらない」草津行きのバスに乗った。道中は取り敢えず、この落ち込みをなんとかしなければならないと、ずっと寝てました。
草津温泉ターミナルに着くと、
湯畑の見える広場の石段に座り、寝て気分も落ち着いた。
これまでの申し訳なさも含みながら「(あ、さっきのカレー食べていい?)」と、母親に言い湯畑を遠目で見ながら一緒にカレーを食べた。
「すごいよね。私たち草津温泉に来てるんだよ」
数日後 母親に「この間の旅行は本当にごめんなさい」とLINEで謝りました。
