幸せについて語ってみる
こんにちは、今日もお疲れ様です。結城りんねです。
今日はね、語ろうと思います。僕は小説を書いているので言ってしまえば作家の端くれというやつなんですが、今回は作家にあるまじく物語という形を取らずに語っていきたいと思います。
唐突ですが、みなさん幸せですか?
いきなりカルトじみてきましたが、怖がらずについてきてください。
たぶんほとんどの人が即座に「幸せです!」とは答えられなかったんじゃないかと思います。
ではなぜ自分が幸せかどうか確信が持てないのでしょうか。
それはまず、幸せっていうのがどういう状態のことなのかよくわかってないからじゃないですか?かくいう僕もよくわかってないです。
そして、自分が幸せかどうかを考えるときってどうしても今自分にないもののことを考えてしまうんですよ。
お金がない、健康じゃない、彼女がいない、などなど。
ズバリ言います。その状態こそがもう不幸せなのです。
自分に何が足りないのかについて考えることこそが不幸せなのです。
僕のちっぽけな人生経験から言わせてもらいますがね、人間がすべてを手に入れることなんて不可能です。海賊王ならあるいはですが。
つまりね、何を手に入れたってまた次の不足を憂うだけなんです、結局。
これには終わりがありません。
みなさん、いったいいつになったら幸せになるんでしょうか。
じゃあみなさん、何十年もかけてほしいものすべて手に入れたとしましょう。だいたい80歳ぐらいで全部手に入れました。とします。やったー、幸せになれました。
え、ちょっとまって、80年間も不幸せだったんですか!?
いや、もったいなくない?あと何年生きられるかわかんないじゃん。
でもたぶん幸せになってからの方が短いよね。
じゃあほとんど不幸せじゃん! なにそれ!
ってなりません?普通に。
個人的にはそんな生き方もったいなすぎると思います。
これ聞いて、それはいやだ!ってなった方。
じゃあどうすればいいんでしょうか。
簡単です。不足に向けていた目を「今あるもの」に向けるんです。
とにかく自分が今持ってる素晴らしいもの、ポジティブなものをすべて拾い上げるんです。一つ残らず。
そしてそれが今あるという喜びに満たされてください。徹底的に。
そうすることで大抵の人は幸せになります。
幸せとは自分にはこんなにも素晴らしいものがあるということ知ることです。
もしもこれをやってもいまいちすっきりしないというか、幸せを感じられないという人はですね。なるべくいろんなものを手放していってみてください。捨ててください。
そういう人は基本的にいろんなものを持ちすぎている傾向があります。
幸せを感じられていない人の特徴としてすぐいろんなものを持とうとするというのがあります。自分の中の空虚感を何かを足すことで埋めようとするからですね。
それは例えば、お金だったり、地位だったり、人間関係だったり。
とにかく自分以外のものに依存してしまっている状態です。
それはいくら足したって幸せになれやしません。
根本的な解決になっていないからです。
だからそういう人はとにかくいろんなものを手放す。
あまり極端なことは言えませんがね、命以外はいったん手放しちゃっていいと思います。命以外は必要とあらばいつでも手に入れられますから。
んで、全部手放したらですよ。
自分は最高な人間だということ認めるんです。
なにも持ってない自分をですよ。お金も地位も友達も恋人もなにもない。ひとりぼっちだとしても。
その状態でも自分という人間には価値があると認めるんです。
ここからです。
正直これができてないと、あなたの人生は始まっていません。
どんなにお金をいっぱい稼いでいても、仕事で成功していても、温かい家庭を築けていても。
何もない自分のことを心から肯定できていないとそれらはすべて偽物です。
自己肯定できていないから、お金や仕事や家庭といった他人からわかりやすい指標で自分を肯定してもらっているに過ぎません。
お金稼ぐことや仕事を頑張ることが悪いと言ってるのではありません。
条件なしの自己受容の先にそれらは行われるべきだと言ってるだけです。
僕の個人的な予想ですが、この条件なし自己受容ができたときほとんどの人は今の仕事をやらないんじゃないかと思います。
それだけ、労働というのが体のいい自己肯定のツールと化してしまっている気がするんです。
まあ、労働についてはまた別で話そうと思いますが、とにかくですね。
あなたは価値がある存在だということを無条件に認めてください。
それが完了した後にあなたがやりたくなることがあなたの本当にやるべきことです。
そしてそれをやってるときにあなたは本当の意味で幸せを感じられるはずです。
なぜ社会的に価値のあるものを獲得していても、無条件の自己受容ができていなければダメなのか。
それは結局、その社会的なものを失う恐怖を常に持ち続けることになるからです。
無条件の自己受容ができていれば、もうなにも怖くありません。何を失っても自分は素晴らしいのですから。
でも自己受容できてなければ、そういった社会的なものを持ってる自分しか受け入れられていないので、それに対して強く執着し、不健全にしがみつくことになってしまいます。
まあ余裕がないわけですよね。
そしてこの「恐れ」と「執着」はその人個人の問題に留まりません。
詳しくはまた別の記事で話しますが、みんなが本当の意味で幸せになるには、一人残らず幸せになるしかありません。
とんちみたいになりましたが、僕が心から幸せになるためには一人でも不幸せな人がいては困るんです。
なかなかまとまった話にならなくてごめんちゃいなのですが、とりあえず
今あるものを喜ぶ
できるだけいろんなものを手放す
できることなら無条件の自己受容を済ませる
これらは徹底していただきたいですね。
「幸せ」とかいうワードを出すと、ものすごく取り乱す人がいるんですがね。
幸せになんかならなくていいだろ!みたいなことを言う人までいたりします。どういう生体なのかわからないのですが。
もちろんいろいろ事情があるとは思いますが、「幸せ」をビビりすぎです。
そういう人って基本的にビビりすぎなんですよ。いろんなことに。
なんか幸せになることってすごく難しいこととか、怖い目に遭わなきゃできないことだとでも思ってるみたいなんですよ。
そんなこと思ってるから、世の中全体として幸せに向かうことが異常に重たいことのように捉えられてるんです。
もっと軽やかにいこうよ。
軽くみんなで幸せになればいいじゃん。って思います。
っていうか幸せってどういうことなのかみたいな話をもっとカジュアルにするべきです。
今の、よりおもろい愚痴を言えた人がヒーローみたいな世の中、個人的にはもう飽きました。
もっと本質的な話をしていきませんか?表層の物事だけで満足できるほど、人間は3次元的な存在ではないです。
みんなで世の中を軽くしていきませんか?
というお話でした。
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いつのまにか、回転寿司でイクラを注文するのを躊躇うようになっていました。しかし、みなさんから応援をいただけたとしたら、僕はもう一度イクラに手を伸ばすことができるかもしれません。ぜひよろしくお願いします。