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量子力学ですが、何か? 第2話 − 137

− 文と構成 柾しの

− 絵と世界観協力 優音

(この物語は、#120の続きのお話です。)

作画 タイトルカットともに 優音

 − グスタフを倒す1年前 −

 初夏の日差しはまだ遠慮がちで、アルプスの尾根を渡る風は冷たかった。
 だが、稜線を越えて小さな沼々が広がる
 “ その場所 ” カナト高原には、心地よい風が吹いていた。

「エエっ、ちょうどええっ!」
 最高の見晴らしぃ〜っ
 狙いどおり♪

 満足げな勇者に、アルス姫が言う。
「勇者様、目指すレンダ峠の砦までは15マイルもあります。急がなければ。」

 ふと目をやると、アナテスの精霊体が現出している。
 勇者はアナテスを手招きをし、姫の言葉に答えることなく歩き出した。
 弓兵隊長がアルス姫に、耳打ちする。

「姫、いくら勇者だからといっても、あの振る舞いは……」

「かまいません。あの方がいなければ、我が国があの砦を落とすことなど出来ぬのですから。」
 精鋭揃いの軍とはいえ、レドゥビアの軍は5,000程。
 確かに、レンダ峠の砦を攻め落とすに足りる数ではないのは、分かっている。
 弓兵長は唇を噛んで、うつむくだけだった。
 多くの資材をカナト高原まで運び入れた兵には、疲労の色が見えている。
 アルス姫は、
「そんなことより、兵に休息を指示して下さい。」それだけ言って、勇者の背中を見ていた。

    *    *    *

「おいアナテス、今日は2度 超圧縮してくれないか?」
「否。約束では一日一度だ。」
 無表情に、アナテスが勇者に答えた。

 「すまなかった。俺は約束を違える気はない。
 ……あと、気になるのだが。
 なんで姫はノカナ国を助けるんだ? 
 帝国兵3万以上を相手に戦うメリットが理解できん。」

 勇者の言葉に、アナテスは表情を変えずに答えた。
「質問くらいは構わん。ノカナを助けるのは、精霊王盟約だ。」

「何だよ。
 おまえ以外にも、尊い精霊がいるのか?」 
 勇者の問いに、アナテスは一度目を伏せ、ゆっくりと語り始めた。

 精霊王盟約は、秘宝アナテスが造られる遥か昔に結ばれたとされているものらしい。
 だが、精霊王が実在するかどうかは、アナテス自身も知らない。
 恐らくアルス姫も、精霊王とやらが実在する確証はないのだろう。
 しかし、精霊王盟約に基づく要請を拒めば、その国から精霊が去る
 ― そう伝えられているという。

 !! 精霊が国から去る?

「本当かどうかは、わからんがな。」
 最後に、アナテスはそう付け加えた。

「おい、本当なら…… アナテス、オマエと会話が、できなくなるのか?」

「勇者殿。
 キサマのその自己中心的なところには、呆れを通り越して、何も感じなくなるのう。」
アナテスは、淡々と続ける。

「帝国のように、精霊不在で回っている国もある。
 だが、レドゥビアは違う。
 精霊と共に、人間が生きている国だ。
 アルス姫でなくとも、王族や貴族は盟約には従うだろう。」

 しばらく考え込んだあと、勇者はアナテスに礼を言い、アルス姫のほうへ歩き出した。
 太陽は、まもなく中天に差しかかる頃だった。

 先ほどと同じ場所で、
 同じように立ったまま、
 アルス姫は勇者を待っていた。
 
「アルス姫、非礼を詫びよう。
 俺は戦が嫌いだ。学生だしな。」その物言いが気に触ったのか、弓兵隊長が剣に手をかける。

 アルス姫は黙ったまま、勇者を見つめる。 
 その先の言葉を待っているようだった。

「……民のため、なんですね。」
 勇者の問いにアルス姫は、微かに頷いた。 
 怒りを堪えている弓兵隊長に、勇者はそれを気にもかけず言う。

「工兵長と、目の利く兵士を3〜4名呼んでくれ。始める。」

「始める? 勇者様、砦まで15マイルあるのですよ!」
 遥か遠くの砦を指さす姫に、勇者は笑って答えた。

「見えてるなら、落とせます。」

   *    *    *
 
 レドゥビアの兵士は真面目だ。
 砦を見渡せる場所に照準台を設置し、弓兵隊も砲を据える台座を手際良く組み上げている。

「姫、精霊達の様子は?」勇者の問いに、アルス姫が答えた。
「これだけ晴れていて、しかも高地の山の近く。
 勇者様が求める雷の精霊、力の精霊ともに、城内とは比べものにならないほど力に満ちています。
 しかし砦と言っても、小城ほどの大きさのあの石砦を、この場所から……なのですか?」

 勇者は、こともなく
「ご心配なく。」と言って続けた。

「アナテス、空気を可能な限り取り込め。
 ……いいか、ここは空気が薄い。
 少し、少しずつだぞ。」

 次の瞬間、勇者の指輪となっている秘宝アナテスが、深い緑色の光を放った。

「あうっ……」と声をあげる者。
 或いは無言で幾人かの兵士が、その場に倒れこんだ。
 よろめきながら勇者までもが呻く。

「アナテス……もっと、少しずつだ……」

 その時、勇者を支えてアルス姫が声をかけた。

「しっかり、勇者様。
 兵はあなたを見ています、
 耐えて下さい。
 私に出来ることなら、何でもいたします。」

 弱みを見せてしまった悔しさで、勇者はポンっ、と姫の腰のあたりを叩き、
「もらうのは、お気持ちだけにしておきます。」
 そう言って、笑ってみせた。

 弓兵隊長は怒号を上げようとしたが、アナテスのせいで咳き込むことしかできなかった。

「オホンっ、勇者様。
 王家の女の尻に手をかけるだなんて、
 城内だったら斬首ものですよ。」

 そう言いながら、アルス姫は顔を赤らめた。

 準備は、事前の訓練もあって手早く進んだ。
 照準台は、太さ一メートル余りの金属製円柱で、上下左右に天板を動かせる構造になっていて一番上には射撃盤が取り付けられている。

 もう一つの肝は台座だ。
 4機。
 台座の上には、分厚い陶器で覆われた筒が据えられる。

 兵士たちは台座の脇に砲丸を積み上げ、傍らでは、望遠鏡を携えた4名の兵が、弓兵隊長と入念に打ち合わせをしていた。

 勇者が照準台のそばに現れると、人並み外れて大きな体躯の兵士が言った。

「勇者はホンモノの男だ。
 姫の尻をまさぐった。」

「関取、ならおまえも触って男になってこい。」勇者の言葉に、巨漢の兵士は真顔で答える。

「まだ、死にたくないだ。」

「それは困るな。 おまえに死なれちゃ、戦が回らん。」
 そう言って、勇者は笑った。

 勇者が大地の剣を照準台上の射撃盤にセットする。
 望遠鏡を覗く兵士が砦に目を凝らしながら、工兵に指示しながら射撃盤の角度と左右の調整を始めた。

「アルス姫、始めますよ。」
 勇者が声を掛けると、姫の瞳がわずかに赤味を帯びた。  
 “ 赤い瞳 ” は精霊と心を通わす時に、王族が見せる血族の証だ。

 そして無駄のない足運びでアルス姫が砦を見下ろせる場所に歩を進める。  
 姫のそれは戦場にあっても、どこか優雅にさえ見えた。

 次の瞬間、音もなく―  アルス姫の肩口に、アナテスの精霊体が現れた。


 その秘宝アナテスの精霊体に向かって勇者が「俺の計算だと、弱めで一分半ってところだが?」
 問いかけ勇者の言葉に、アナテスが即座に返す。
「バカにするな。二分半は軽々だぞ。」
 振り返りながら、勇者は小さく呟いた。
「ちょろいな、秘宝アナテス♪」

 精霊体を現出させる秘宝アナテスには、どうにも気分のムラがある。
 それを織り込んだ上での、勇者の表情だった。

 全ての準備が整った知らせを受けて、アルス姫が命じる。
「旗を掲げよ。」
 レドゥビア射撃隊の大旗が掲げられ、その旗が高原を渡る風を受けて、はためいた。

 “関取”と呼ばれる巨漢の兵士が、照準台の上にセットされた大地の剣を、全身で押さえ込む。
 その関取の姿を、頼もしげに勇者が見ている。
 何しろ15マイル先のターゲットだ。
 微かなズレも防ぎたい。

「姫様。 この空気でさえ大量に、超圧縮すれば高熱を生み出します。
 アナテス、超圧縮 !
 よし、じわじわと熱を放出しろ。」

…… 何も起こらなかった。

… 本当に何も


 周囲の兵士達が、ざわめき始めた、その時。

 望遠鏡を覗く兵士が叫ぶ。
「修正――っ!
 右3、上1!!」

 照準台の射撃盤が、工兵の手でガチャガチャと微調整される。

 直後、
「命中、よーしっ!」
 再び声が上がる。

「アナテス、溶かしちまえ!」勇者の号令に応え、アナテスの髪が銀色に輝いた。
 射撃盤にセットされた大地の剣の共鳴音が大きくなり、剣の先端が輝きだした。

 遥か遠く―
 レンダ峠の石造りの砦が、燃え上がるように赤く光り始めた。

 2分以上が経っただろうか。
 大地の剣の共鳴が収まるのと、レンダ峠の砦がゆっくりと傾いていくのが同時だった。 ガッシリと大地の剣を押さえ込んでいた関取が、汗まみれの顔で工兵に尋ねる。

「やったのか?」

 望遠鏡を手にした兵士が、2人の背を叩いた。
 赤く焼け光る小城ほどの砦は傾きを強め、僅かな間の後、ずずーん、と言うような響きを残して崩れ落ちた。
 兵士達が声を上げる。

 砦の周囲から大旗に気づいた帝国兵が、15マイル先からこちらへ向かってくるのが見えた。

「7マイルくらいまで引きつけてくれ。
 一本道を進んで来てくれるなら、ありがたい。
 自軍に被害を出したくないなら、退去する敵も逃すな。
 10マイルまでなら狙えるはずだ。」
 そう言うと、勇者は後方の天幕へと下がっていった。

 分厚い陶器製の絶縁体で覆われた“それ”に砲丸が入れられ、蓋が閉じられる。

 弓兵隊長が叫ぶ。
「一番、よーしっ!」
 アルス姫が、小さく呟いた。
「撃って。」

 シュヴァッ、と空気が鳴った、
 砲丸が打ち出されたかは分からなかったが、すぐに7マイル先の帝国兵が吹き飛んだ。

 工兵長が、震える声で言う。
「これが……勇者のレールガンか……」

    *   *   *

 天幕の中、椅子に腰を下ろした勇者の顔は冴えなかった。

「勇者は、本当に戦が嫌いなんだな。」
 そう、申し訳なさそうに声を掛けた言のは関取だった。

 勇者が、「オマエは好きなんだな…」と、関取の方を向かずに言った。

「そうね。
 避けられないなら勝たねばならないし、そういうことになるわね。」
 関取の後ろに立つアルス姫が、静かに言った。
 いつもより、低く感情を抑えたようなしゃべり方に感じた。

「仕方ない気分でやって勝てる戦なんかないと思うし、 私の兵が傷つくのも嫌よ。」

 勇者は立ち上がり、両の踵を揃えた。
 そして深く頭を下げ言った。

「アルス姫、度重なる非礼を詫びます。」
 アルス姫は「来てくれるかしら。」と、一言勇者に言っただけだった。

 関取に促され、勇者は姫の後をついて照準台ある辺りまでついて行く。
 4基のレールガンのうち、2基は絶縁体の分厚い陶器部品が破損し倒れていた。
 だが、用意していた砲丸は半分ほどが残っている。
 思った以上にレドゥビアの射撃兵の練度は高いのだろう。

帝国兵五万
内、騎兵一万。
──全滅。

 レールガンの破損時に7名が怪我をしたが、重傷者はいなかったらしい。

「ねえ、勇者様。知ってますか?」
「何を?」超伝導で砲丸を撃ち続ければ、こうなることは分かっていた。
 ただ、5万という数が胸に引っかかる。

「誰も成し得なかった程の勝利をもたらした真の英雄には、王家の娘を差し出し、血族とせよ。 精霊王盟約で、そう定められているの。」

 太陽は中天にあり、
 高原の風が静かに吹いていた。

 ―第3話に続く


追加イラスト 「撃って!」 もちろん作画:優音

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