閑話休題 沼田町や夕張市 − 142
私とは長い時間を共にはしなかった父が遺した、とある廃墟の写真。
(タイトル画像はイメージです。)
今は立ち入り禁止の筈の炭鉱の、地下商店街に何故、撮影者が行ったのかは解らない。
写真の裏に
『◯◯呉服店と読めた、閉山反對闘争ビラ、
吾らの暮らし此処に在り』と走り書き? 或いはメモ 父の筆跡ではない。
私が沼田町や夕張市に暮らした時期があるせいか、見入ってしまう。
資料館や博物館のような場所でしか石炭を見たことがない私は、アウトドアでのBBQで炭に火をつけるのを苦心する仲間の姿を見る度に、石炭ストーブってどうやって着火していたのかと不思議に思う。
その写真が誰からどのような理由で父の手に渡ったのかは分からないし、その炭鉱は鉄路でしか行けない場所だ。
その鉄路が、失われている今、
この先、私が行くことはないだろう。
沢山の人が、石炭のためだけに生活していた場所。
冬は雪深い土地で、当時は9月末には初雪が降ったという。
夏は暑く、山中故に虫も多かっただろうから、トンネル商店街は最先端の暮らしの場所だったかもしれない。
子供が沢山いた時代。
呉服ってさ、こういう閉鎖された都市でも必要だったのかと考える。
玩具店や書店もあったのか?
居酒屋や旅館も需要はあるよねと、思いを馳せる。
うん、何度も夢想する。
もっとお金を、
或いは、もっと働き甲斐を、
きっと、それは家族や町内会や頑張っている仲間の明日を…
それが、明日への願いだろう。
ハイボール缶だよ。
はあ、飲んでおりまする。
今朝、頑張って書き続けている物語の主人公がヘラブナを釣った話を書き上げた。
会社は休み。
繁忙期にアホ程に働いたから、3月末までにあと12日振替休日を使えるのサ
まあ、そんな社畜の初春DEATH
ちょ待って、あっと言う間に2缶目だ、働いている人、ゴメンなさい。
炭鉱だ。
健康じゃなければいけなかっただろう、
集団密集生活に否応なく適合するしかなかった時代だろう。
吉永小百合と高倉健?
徹子の部屋は見ていましたか?
ギュウぅっと圧縮された世界で、食べて・飲んで・子育てしたり、恋したり夫婦喧嘩してましたよね、きっと。
あっ!? 男衆は飲む+打つ+買う🔥そういう時代か…
父と似た理由で早逝した姉が、この写真を見たら、なんて言ったかと思う。
そんな私です。
1枚の写真から伝わる、昔日の奇妙なリアルを肴に、昼間からハイボール缶。
ああ、愛していますわ ハイボール✨️
だからかな、変なSFもどきを書くのかもしれない。
こんなひと時を過ごせている、今に感謝する。
もう、ありったけの全力で。
ヒック…
あ、ゴメンなさい。
同じですよと伝えたい。
今も変わってなんかいない。
同じなんですよと、出来ることなら伝えたい。
こんなひとときが、#ウェルビーイングなのかなと、1人思いを巡らし、先人を想う。
「ありがとうございます。」
幸せは、貴方様達からずっと続いています、この現在も。
心の底から、
髪や爪の先まで、
多分、今ある全てが、ウェルビーイング。
ありがとうございます。
酔ってきたので、憧れのモノカキ様の真似で〆たい。
おしまい
