量子力学ですが、何か? 第3話(1) − 149
− 構成・文: 柾しの −
− 世界観協力・絵 : 優音 −
アルス姫を待つ間、勇者は城門に近い部屋で関取とワインを飲んでいた。
そこは衛兵の詰め所の奥に用意された、来客用にしては広すぎる部屋だ。
石造りの部屋だが、大きな暖炉があり温かで、微かに香る薪の匂いも悪くはない。
「さすが勇者の部屋だ。広くて羨ましいぞ。」
関取が感心したように言う。
勇者は気にも留めず、ワインのゴブレットを口に運ぶ。
精霊が関係しているせいか、その味わいの良さには、飲むたびに驚かされる。
「勇者はアルス姫の尻をまさぐるし、酒好きなところも本当の男だ。憧れるぞ。」
関取は悪びれもせず、そんなことを言った。
量子物理学専攻の学生だが、俺は造り酒屋の倅なんだと説明しても、関取は首を振る。
「精霊と話せない人間が酒造り?
勇者のいた世界は、ずいぶん無鉄砲だな。」
レドゥビアのワインを知った身としては、その言葉に反論することが出来なかった。
ちょうどその時、ノックも無しに扉が開き、 小学三年生くらいの女の子が部屋に入ってきた。
「リュネ様!」
関取がそう口にした瞬間、 即座に片膝を地につき、背筋を伸ばし、右手を左胸に当てた。
アルス姫の前では、どこかぼうっとしていた関取の姿を思い出し、勇者も異変を感じて立ち上がり、踵を合わせる。
「構わぬから、楽にしてくれ。」そう言いながら、リュネと呼ばれた少女は、勇者のベッドに腰掛けた。
関取が小声で伝えてくる。
現后の娘だという。
第4王女、リュネ姫
勇者は丁寧に、リュネ姫に用向きを尋ねた。
「異界から召喚されて、間もないと聞いている。 楽に話してくれ。」
どうやらアルス姫は、レンダ峠の石砦攻略の報告や、その武勲の栄典式の打ち合わせなどで、時間が取れないらしい。
生まれた順で、第4王女と称されているようだが、アルス姫よりも高貴な立場の姫なのだと、 勇者にも分かる振る舞いだった。
「リュネ姫。早速だが、レドゥビアには名高い魔法使いはいるのか。」
勇者の問いに、リュネ姫は短く答えた。
「おる。」
勇者は一瞬だけ言葉を選び、
「すぐにでも、会わせて頂きたい。」と続ける。
「おる。」
リュネ姫は、同じ言葉を繰り返した。
…………
「あなたが?」
「私に並ぶ者は、おらぬだろう。」そうリュネ姫が答えた、その時だった。
明け放たれたドアから、何者かが部屋に現れ、短剣を抜いた。
「縛鎖」
勇者が呟くと同時に、指輪 ― 秘宝アナテスが、深い緑色の光を放つ。
勇者は侵入者に背を向けたまま、 静かに言った。
「(アナテス)姿は、現すなよ。」
リュネ姫のすぐ側まで迫っていた侵入者の男は、 短剣を抜いた姿勢のまま、ゴトリと床に倒れた。
関取は、すぐにドアの外を素早く確かめ、怪しい気配がないことを知らせる。
その後、衛兵が現れた侵入者を縛り上げた。
リュネ姫は、その侵入者の顔を見ると、小さく息を吐いた。
衛兵隊に間者が紛れていたとは情けない、と勇者に詫び、
「急を要するな。」と、また短く告げた。
勇者は頷き、 帝国はレンダ峠の戦でレドゥビアに強力な魔法使いがいると考えるはずだと説明した。
「まずは、その大魔法使いを殺そうとする。」
リュネ姫は、迷いなくそう言った。
1時間後、町娘の衣装に身を包んだリュネ姫と勇者、関取は城を後にして、北の森へと歩みを進めていた。
小雨が降り、月明りすらない夜道だったが、 リュネ姫が短く何かを呟くと、道が薄っすらと光を帯び、足元を示した。
関取が、リュネ姫は精霊魔法を扱うのだと勇者に告げる。
リュネ姫は、瞳がわずかに赤く光るのを隠しもせず、言った。
「いろいろと便利だが、あまり戦に向いてはいないかもしらん。
私がレンダ峠の戦に関係ないと知られたらば、 いずれは召喚術で呼び寄せた、オマエの仕業だとバレるだろう。」
「我ら二人で身を隠し、勇者殿は隙を見て、 帝国の間者や襲撃者を狩る算段だったのだろうよ。」
そして、思いだしたように、
「先程も危ういところだったが、オマエも魔法が使えるのか?」と勇者を見遣る。
幼い王女リュネ姫の察しの良さに、勇者が感心する間もなく、アナテスの精霊体が姿を現した。
「アナテスという。心配はいらん。
その勇者も、少しは役立つ男だが、先程の襲撃者の動きを留めたのは私だ。」と、いつものように、精霊体のアナテスが無表情にリュネ姫に語った。
「お主様が、秘宝の精霊体……。
本当に、話をするとは!」そう言って、リュネ姫は初めて、 年相応の少女のような驚いた顔を見せた。
勇者は現出したアナテスが、関取と同じように片膝を地につけて姫に敬意を示していることに驚いていた。
* * *
暫くしてから勇者は足元に落ちていた、折れた太い木の枝を拾い上げ、それを宙へと放る。
「縛鎖」
その一言で、木の枝は空中に静止した。
リュネ姫が勇者に、
「秘宝の力か、空中で静止させるとは驚いたものだ。
ところで、この木っ端をどうするつもりなのか聞いて良いか?」と言った。
城を出る時に、平易な言葉で話す許しを得ている勇者は、リュネ姫に向かって言う。
「リュネ。 精霊フレアに “ 燃やせ ” じゃなく、 俺達周囲にある熱を少しだけあの木の枝に集めるように告げろ。」
直後、 空中の木の枝は激しく光を放ち、一瞬で灰となって崩れ落ちた。
「勇者。
宿場に着いたら、いろいろ聞かせろ。」
リュネは、そう言って笑った。
「それに、姉様の嫁入りに対する覚悟も、質さねばならんな。
また、何かと都合が悪いから勇者の呼び名も考えねばな。」リュネ姫の言葉を聞いた関取が、思わず呟いた。
「マジか……」
続きます。

