神の子とダンジョン ・ 第25話 − 210
鼻からの出血は止まった。
前の試合の相手。
相手の見たこともない構えからの練り込まれた闘い方には驚いた。
だが、自分を倒し切る程ではなかった。
奴は己の非力を嘆くしかないだろう。
次の相手も小柄だ。
多少は早くて器用なようだが、そんな奴はどこにでもいる。
今年のスフィーダは決まりだ。
そう赤髪の少年は思った。
もちろん油断など、もうしない。
小柄な身体で、奇妙な突き技だけで勝ち上がってきたソイツが、フラフラと歩いてくる。
「早く位置に着け!」
ベルゼウ公が告げる。
「好きにしろよ。
オマエはどうせ何も出来やしない。」
「初めっ!」
開始の声と同時に ――
音もなく、そいつの木剣が真ん中から折れた。
折れた半分を、そうなると知っていたかのように、ソイツは宙で掴んだ。
そして両手を下げたまま、フラフラと身体を揺らしながら、ゆっくり近づいてくる。
その対戦を見ていたトール二世は、急に雨が冷たくなったのかと感じた。
( いや違う。
雨が冷たくなった訳ではなく、言葉どおりに血の気が引いているからだ。)
そう…
あんな顔のジャック様は、見たことがない。
両手短剣は、本気の時にしか使わない構えだ。
木剣が二つになったのは、精霊魔法だろうけれど、参加者達が気づく訳などない。
そして。
ジャック様の口元だけが、笑い出すかのように上がっている。
でも、笑おうとなどしていない。
むしろ、ダンジョンで獲物を見つけた時みたいな…
誰かが呟く。
「…… 神の子が現れた。」
確かにジャック様が、知らない何かに変わっていくかのように見えた。
赤髪の少年が半歩踏み込み、ジャックの右肩に突きを狙う。
反則ではない。
相手が動けば、それに合わせて切り払うつもりだった。
だが、ジャックはフラフラ歩きながら、自ら剣先に喉元を合わせてきた。
止めるしかなかった。
かすっただけで反則負けになる。
「コイツ、イカれてるのか?」そう思った次の瞬間、腹に蹴りを入れられた。
身体が折れ、視界が下がった。
ま、マズい…
すぐに予想以上の衝撃が頬を打った。
気づけば、地に倒れている。
小柄な相手の右手。
木剣の柄が、血で濡れている。
柄尻を叩きつけてきたのか…
容赦ない、本気ってかよ。
(そして、……俺が立つのを、待っていたのか?)
つまらなそうな顔で、虫を見るかのように自分を見下ろしていた。
怒りが込み上げる。
さっきの試合を上回る、もうどうしようもない怒りが心の中で暴れ出す。
「ぶっ殺す!」
言葉と同時に、左目の下に焼ける痛み。
こちらの剣を右手だけで受け流しながら、奴は左手の剣で自分の頬をなぞったのだろう。
(遊びやがって――)
蹴りのフリをして足元の泥を浴びせる。
戦場では何でもありなんだぜ!
……!!
泥を避けようともせず、ソイツの右手がガラ空きの脇に向かって来ていた。
時間が間延びするような感覚、相手の拳がゆっくりに見えるのに、自分の身体を動かすことが出来ない。
自分が獲物になってしまったことが、はっきりと分かった。
「そこまでっ。」
ベルゼウ公の声。
相手が力を抜く。
左脇腹に、木剣の柄が、わずかに触れた。
もし、ベルゼウ公が止めていなかったら。
身体がガクガクと、急に震えだし、雨が降っているのに汗が止まらなかった。
(負けた。)
そう思う間もなく、
「取り消せ。さっきの言葉を取り消せ。」相手の言っていることの意味が分からなかった。
その時は。
ベルゼウ公が言う。
「オマエは、『ぶっ殺す』と言った瞬間に失格だ。」
その言葉で、ようやく理解した。
自分は、何を口にしてしまったのか。
両膝が勝手に力を失い、地面に落ちた。
参加者達が歓声を上げる。
だが、バカルは厳しい声でジャックにも告げる。
「木剣を二つにしたのが気に入らねえ。
それだけじゃない。
オマエ、相手の肋を折る気だったな。
失格だ。
来年のスフィーダの参加も認めない。」
場が静まり返る。
言葉を失う周囲を気にも留めず、ジャックは礼儀正しく詫びを口にし、一人その場を離れた。
後を追おうとしたトール二世を、ベルゼウ公が呼び止める。
「オマエに相応しい。」
そう言って、シルバーリボンをトール二世に手渡した。
* * *
シルバーリボンを渡された後のことは、よく覚えていない。
十五歳。
初出場で、スフィーダのシルバーリボン。
誰が?
自分。
オダネル=ニケア=トール・二世。
…… そんなことより
今夜のジャック様は怖かった。
同じ人間とは思えなかった。
確かに精霊魔法を使った筈だ。
だけど剣を二つにしただけで、それ以外は実力で圧倒した。
赤髪の彼、強かった。
メチャメチャ丈夫だったけど、ベルゼウ公が止めなかったら大怪我してた。
僕のために怒った?
いや、きっとそんなんじゃない。
トール二世が家のドアを開けると、母のマーガレットと妹のフランソワーズが抱きついてきた。
父上が二人をたしなめ、
「落ち着け」と笑う。
ジャック様は、もうバスを済ませていたらしい。
湯に浸かると、
ようやく空腹を思い出した。
居間では、皆が待っていた。
今夜は鯉料理。
生まれて初めての、鯉料理。
椅子に腰を下ろすと、父上が杯を掲げる。
「偉大なるシルバーリボン!」
母と妹が笑い、そしてジャック様が言った。
「おめでとう!」
急に嬉しくなってきた。
続きます。
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今回のタイトルカットも、フレキシブルフランクことChatGPTの作画
いつもお世話になっている、優音先生↓
神ダンのリンクもあります。
