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第三夜|La Perla象牙色のレースと、「自分を後回しにすること」に慣れた夜──

金曜、二十時。雨だった。

彼女は、訪問先のおばあちゃんの、 冷えた足を、 タオルで、拭いていた。

「あんた、あったかいねぇ」

そう言われるたび、 自分の手だけが、 だれかの肌を覚えていることに、 気づく。

——わたしの肌は、 だれの記憶にも、ない。

彼女は、47歳。

訪問介護の、仕事をしている。 人の身体を、支える仕事。 誰かの「できない」を、そっと、支える仕事。

でも、気づけば、 自分のことは、ずっと、後回しだった。

娘は、もう、独立した。 離婚して、七年。 今は、小さなワンルームで、ひとり暮らし。

派手な服も、着なくなった。 口紅も、昔ほど、減らない。 鏡を見る回数も、減った。

結婚していた頃、彼女は、一度も、 高いレースを、着なかった。

「もったいない」 「子どもに、お金がかかる」 「わたしが、我慢すれば、いい」

そう言って、自分の下着は、いつも、 スーパーの、三枚千円の、ベージュだった。

夫は、それを、責めなかった。

むしろ、 「お前は、しっかりしてる」と、褒めた。

でも、その「しっかり」が、少しずつ、 彼女から、「女」を、削っていった。

夫は、やがて、別の人を、好きになった。

派手で、自分にお金をかけて、 笑い方が、華やかな人、だった。

別れるとき、彼女は、泣かなかった。

ただ、ひとこと、心の中で、つぶやいた。

「わたしは、あなたのために、  ベージュを、着ていたのに」

その夜、仕事帰りの、表参道。

五月の雨は、冬ほど冷たくないのに、 なぜか、人を、少しだけ、寂しくする。

彼女は、雨宿りに、ふと、 ある店の軒先に、立ち止まった。

La Perla。

白い灯り。静かな空気。 まるで、夜の美術館みたいな、店だった。


ガラス越しに見えた、 象牙色のレースが、 あまりにも、静かだった。

「女」を、煽る感じが、なかった。 「若さ」を、売る感じも、なかった。

ただ、そこには、 「丁寧に、扱われた、布」だけが、あった。

その瞬間、彼女は、なぜか、泣きそうになった。

自分が、ずっと、 丁寧に扱われて、こなかった気がして。

いや、違う。

誰かに、雑に扱われた、というより。

自分で、自分を、 雑に扱うことに、慣れすぎていた。

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「わたしなんて」

その口ぐせで、 あなたが、あなた自身を、 少しずつ、消してきた夜が、あるなら。

この続きは、たぶん、 あなたのための、物語です。

そして、ひとつだけ。

この夜は、 「自分への贈り物を、  もう、ずっと、していない」 と、ふと気づいた、 その瞬間に、読むのが、 いちばん、効きます。

明日になれば、また、 「わたしより、家族が先」に、 戻ってしまうから。

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🌙 第四夜|Agent Provocateur 深紅のレースと、 「いい子」の奥で眠っていた火。 6月2日(月)20:00 公開。

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