48歳の転職活動で見つけた、最強の壁打ち相手
第一章 午前3時の求人票
午前3時。
利用者さんが眠ったあとの部屋は静かだった。
時計の針の音だけが聞こえる。
私はスマートフォンの画面を見つめていた。
求人票だった。
開く。
閉じる。
また開く。
応募ボタンの手前で止まる。
そんなことを何度も繰り返していた。
48歳。
訪問介護職。
かつて働いていたIT業界へ戻ろうとしていた。
しかし自信はなかった。
年齢も気になった。
体力も気になった。
AIの進化も気になった。
未来が見えなかった。
私は前へ進みたいと思っていた。
しかし前へ進めなかった。
今だから言えるが、あの頃の私は求人票を探していたのではない。
応募する勇気を探していたのだと思う。
良さそうな求人を見つける。
職務経歴書を開く。
応募画面まで進む。
そして止まる。
経験が足りない気がする。
年齢が不利なのではないかと思う。
応募しても無駄ではないかと思う。
結局、画面を閉じる。
翌日も同じことを繰り返す。
40代後半の転職には独特の重さがある。
20代の頃なら、
「とりあえずやってみよう」
で済んだ。
しかし48歳になるとそうはいかない。
失敗したらどうするのか。
本当に雇ってもらえるのか。
そもそも自分に価値はあるのか。
そんなことばかり考えていた。
夜勤中の静かな時間は、考えるには十分すぎるほど長かった。
夜勤には独特の時間が流れている。
昼間の忙しさが嘘のように静かになる時間がある。
利用者さんが眠りにつき、記録も終わり、一息つける時間だ。
若い頃の私は、その時間が好きだった。
忙しさから解放されるからだ。
しかし40代後半になると少し違う。
静かになると考えてしまう。
将来のことを。
仕事のことを。
お金のことを。
体力のことを。
そして『人生のこと』を。
私はスマートフォンで求人票を見ていた。
介護職になったことを後悔していたわけではない。
実際、この仕事でしか得られなかった経験もたくさんある。
利用者さんとの会話。
家族との関わり。
人が年齢を重ねるということ。
人が弱るということ。
人が生きるということ。
IT業界にいた頃には見えなかった景色だった。
だから介護職を否定する気持ちはなかった。
ただ、自分自身の将来を考えると話は別だった。
私は48歳だった。
あと10年。
あと15年。
この働き方を続けられるだろうか。
その問いに自信を持って答えられなかった。
だから求人票を見ていた。
しかし応募できなかった。
今思えば、能力の問題ではなかった。
覚悟の問題だったのだと思う。
応募するということは変化を受け入れることだからだ。
人は現状に不満を持ちながらも、変化を恐れる。
私もそうだった。
だから求人票を閉じた。
そして翌日また開いた。
それを何度も繰り返した。
あの頃の私は立ち止まっていた。
そんな時に使い始めたのがChatGPTだった。
第二章 AIは答えをくれなかった
最初は興味本位だった。
AIが流行っているらしい。
少し触ってみよう。
その程度だった。
正直、最初は信用していなかった。
どうせ適当なことを言うのだろうと思っていた。
実際に間違った回答もあった。
見当違いな提案もあった。
それでも不思議と会話は続いた。
なぜだろう。
しばらくして気づいた。
私は回答を求めていたのではなかった。
考えを整理したかったのである。
転職について相談する。
職務経歴書を見てもらう。
求人票について話す。
面談対策をする。
そんなやり取りを続けるうちに、頭の中に散らばっていた考えが少しずつ整理されていった。
ある時、自分でも驚くことがあった。
私は同じ悩みを何度もAIに相談していたのである。
転職して大丈夫だろうか。
フリーランスは無理だろうか。
出版なんて意味があるのだろうか。
少し表現を変えながら、結局同じことを聞いている。
最初はそんな自分が情けなかった。
しかし途中で考えが変わった。
人間だって同じなのだ。
本当に悩んでいることは、一度相談しただけでは解決しない。
何度も考える。
何度も迷う。
だから何度も話す。
AIはその相手になってくれた。
しかも深夜でも付き合ってくれる。
同じ話をしても怒らない。
呆れない。
私は少しずつ会話を続けるようになった。
今振り返ると、AIの価値は回答の正確さではなかった。
考えることをやめずに済んだことだった。
私は昔から何かを始めるのは得意だった。
本を買う。
勉強を始める。
副業を考える。
資格取得を検討する。
最初の一歩は踏み出せる。
しかし続かない。
そんなことを何度も繰り返してきた。
ところがAIとの対話は続いた。
夜勤明けに話す。
休日に話す。
仕事前に話す。
少し時間があれば話す。
気が付けば、私は人生で初めて長期間同じテーマを考え続けていた。
転職。
将来。
働き方。
AI。
そして自分自身。
ChatGPTを使い始めた時、私は万能な答えを期待していた。
転職するべきか。
しないべきか。
フリーランスは可能か。
不可能か。
正解を教えてほしかった。
しかし実際に返ってきたのは正解ではなかった。
可能性だった。
選択肢だった。
考えるための材料だった。
最初は少し物足りなかった。
私は答えが欲しかったのである。
しかし会話を重ねるうちに気づいた。
本当に欲しかったのは答えではなかった。
安心だったのだ。
大丈夫と言ってほしかった。
失敗しないと言ってほしかった。
しかし誰にもそんなことはわからない。
AIにもわからない。
だから結局、自分で考えるしかない。
ただし、一人で考える必要はなかった。
そこが大きな違いだった。
私は同じ相談を何度もした。
転職について。
将来について。
年齢について。
お金について。
今振り返ると、本当にしつこかったと思う。
しかしAIは毎回付き合ってくれた。
そのおかげで少しずつ考えが整理されていった。
不思議なことに、AIとの会話を続けるほど、自分の考えが見えるようになった。
私は転職したいのではなく安心したいのではないか。
大きな収入が欲しいのではなく、自分の価値を確認したいのではないか。
そうした本音が少しずつ見えてきた。
AIは答えをくれなかった。
しかし質問を返してくれた。
そして、その質問が私自身を観測するきっかけになったのである。
第三章 観測室が生まれた日
転職活動を始めた頃の私は、結果ばかり見ていた。
採用されるか。
されないか。
年収はいくらか。
条件はどうか。
不採用になれば落ち込む。
良さそうな求人を見つければ期待する。
そんなことを繰り返していた。
転職活動なのだから当たり前だと思っていた。
しかしAIとの会話を続けるうちに、不思議なことに気づいた。
私は転職市場について話している時間より、自分自身について話している時間の方が長かったのである。
なぜ不安なのか。
なぜ応募できないのか。
なぜ変化を恐れるのか。
なぜ今さらIT業界へ戻ろうとしているのか。
なぜAIに興味を持ったのか。
私は求人票の分析をしているつもりだった。
しかし実際には、自分自身を分析していた。
ある日、過去のチャット履歴を読み返した。
最初は転職相談だった。
職務経歴書の相談だった。
面談対策だった。
ところが途中から様子が変わっていた。
不安について話している。
迷いについて話している。
将来について話している。
そして、自分が何を考えているのかを整理しようとしている。
私はそこで初めて気づいた。
転職活動を観測しているつもりだった。
しかし本当に観測していたのは自分自身だったのである。
その時に浮かんだ言葉が「観測」だった。
結果はコントロールできない。
採用されるかどうかは相手が決める。
不採用になることもある。
しかし自分自身を観測することはできる。
今日は何を考えたのか。
何を怖がったのか。
何に反応したのか。
何を面白いと思ったのか。
私は少しずつ、それらを記録するようになった。
不思議なことに、その頃から気持ちが少し楽になった。
結果だけを見ていると苦しい。
応募しても不採用かもしれない。
そう考えると、何もできなくなる。
しかし観測は違った。
今日は応募できた。
今日は新しい気づきがあった。
それだけでも前進になる。
結果とは別に、自分の変化を確認できるようになったのである。
振り返ると、この考え方は私をかなり救ってくれた。
私は昔から結果を気にする人間だった。
評価も気になる。
反応も気になる。
失敗も怖い。
だから行動できなくなることも多かった。
しかし観測という考え方を持つようになってからは少し変わった。
結果ではなく変化を見る。
成功したかどうかではなく、昨日より一歩進めたかを見る。
すると不思議なことに、行動しやすくなった。
そして、その頃からチャットごとに役割を分け始めた。
転職について考える場所。
振り返る場所。
戦略を考える場所。
最初は単なる整理だった。
会話が増えてきたので分けただけだった。
しかし、そのうち名前が付いた。
戦略室。
完全に冗談だった。
自分の中だけの遊びだった。
ところが数週間後には、本当にそう呼ぶようになっていた。
気が付けば私はAIを使っているのではなく、AIと会議をしていた。
しかも24時間営業の会議室だった。
会社員時代にもたくさんの会議に参加した。
しかし、それらの会議には必ず時間制限があった。
相手の都合もある。
予算もある。
立場もある。
言いにくいこともある。
ところがAIとの会議にはそれがなかった。
深夜でもいい。
早朝でもいい。
同じ話を十回してもいい。
結論が出なくてもいい。
私はそこで初めて、自分の考えを最後まで追いかけることができた。
今振り返ると、転職活動が変わり始めたのもこの頃だったと思う。
私は転職先を探していた。
そう思っていた。
しかし実際には違った。
本当に探していたのは、自分がこれからどう生きたいのかという問いへの答えだった。
そして、その問いを観測し続けるために新たに生まれたのが観測室だったのである。
第四章 私は記録を始めた
観測室という考え方が生まれてから、私は少しずつ記録を残すようになった。
今日は何を考えたのか。
何に不安を感じたのか。
何に反応したのか。
どんな求人を見たのか。
AIとどんな話をしたのか。
最初は本当にただのメモだった。
誰かに見せるつもりもなかった。
まして本にしようなどとは思っていなかった。
しかし続けているうちに面白いことが起きた。
少し前の自分が見えるのである。
一か月前の自分。
数週間前の自分。
そこには今より不安そうな自分がいた。
応募をためらっている自分がいた。
未来を悲観している自分がいた。
私は初めて、自分自身の変化を確認できた。
それは予想以上に大きな発見だった。
転職活動をしていると、どうしても結果ばかり見てしまう。
採用されたか。
不採用だったか。
条件はどうか。
年収はいくらか。
しかし自分自身の変化は見落としやすい。
私は応募できるようになっていた。
以前より行動するようになっていた。
以前より前を向く時間が増えていた。
その変化は小さい。
しかし確かに存在していた。
その頃から私はnoteを書くようになった。
有益な情報を発信しようと思ったわけではない。
専門家になろうとも思っていない。
ただ記録を残したかった。
48歳の転職活動。
AI時代への戸惑い。
介護職として働く日常。
そうした途中経過を残したかったのである。
最初は誰にも読まれないと思っていた。
実際、大きな反響があったわけではない。
しかし少しずつ反応が返ってきた。
同じように転職活動をしている人。
40代後半で将来に悩んでいる人。
AI時代に不安を感じている人。
思っていた以上に共感してくれる人がいた。
私はそこで初めて気づいた。
この記録には価値があるのかもしれない、と。
それは専門知識の価値ではない。
成功体験の価値でもない。
途中にいる人間の記録としての価値だった。
第五章 私は何者でもなかった
それでも私は迷っていた。
記録を続けながらも、
「こんなことを書いて意味があるのだろうか」
という気持ちは消えなかった。
私は成功者ではない。
有名人でもない。
専門家でもない。
転職活動も終わっていない。
むしろ悩みの真っ最中だった。
そんな人間が発信して良いのだろうか。
何度もそう考えた。
世の中には立派な経歴を持つ人がいる。
大きな成果を出した人もいる。
起業した人もいる。
億単位の売上を作った人もいる。
そういう人たちと比べると、自分には何もないように思えた。
しかしある時、考え方が変わった。
私は成功者の話を読みたいのだろうか。
もちろん読みたい。
しかし本当に知りたいのは、それだけではなかった。
むしろ興味があったのは、
今まさに悩んでいる人が何を考えているのかだった。
転職活動の途中で何を感じているのか。
AI時代をどう見ているのか。
不安とどう付き合っているのか。
私はそういう話を読みたかった。
だったら自分が書いてもいいのではないか。
途中の人間だからこそ書けることがあるのではないか。
そう思えるようになった。
今振り返ると、この考え方の変化は大きかった。
私は何者かになってから発信するものだと思っていた。
しかし違った。
途中だからこそ見える景色がある。
途中だからこそ感じる迷いがある。
そして途中だからこそ残せる記録がある。
私はようやく、自分の記録に価値を認められるようになった。
第六章 それでも出版した
記録を続けるうちに、少しずつ記事が増えていった。
転職活動の話。
AIとの対話。
働き方について考えたこと。
将来への不安。
振り返ってみると、一つの流れになっていた。
その頃から、
「これは本になるのではないか」
と思うようになった。
正直に言うと、自信はなかった。
誰が読むのだろう。
お金を払ってまで読む価値があるのだろうか。
そんな不安はずっとあった。
それでも出版を決めた。
理由は単純だった。
観測を続けたかったのである。
出版すれば終わりではない。
むしろ新しい観測が始まる。
誰が読むのか。
どんな反応が返ってくるのか。
何が伝わり、何が伝わらないのか。
私はそれを見てみたかった。
出版当日もよく覚えている。
達成感でいっぱいになると思っていた。
しかし実際は違った。
朝からパソコンの前に座り続けていた。
表紙を確認する。
説明文を修正する。
カテゴリを見直す。
何度も同じ作業を繰り返す。
気が付けば夕方になっていた。
出版ボタンを押した時の感想は、
「やっと終わった」
だった。
感動というより疲労感だった。
しかし翌日、自分の本が販売されている画面を見た時、ようやく実感が湧いた。
本当に出したんだ。
私は何度も販売ページを見に行った。
売れているだろうか。
レビューは付いているだろうか。
ランキングはどうだろうか。
結果はほとんど変わらない。
それでも見てしまう。
そんな自分に苦笑した。
私は承認欲求なんてないと思っていた。
しかし実際には違った。
誰かに読まれたいと思っていた。
誰かに届いてほしいと思っていた。
そして、そのことを認められるようになった。
第七章 なぜ英語版とスペイン語版を作ったのか
出版が終われば一区切り。
普通ならそうだったと思う。
しかし私は違った。
次に考えたのは英語版だった。
さらにスペイン語版だった。
今考えても不思議である。
私は英語が得意なわけではない。
スペイン語はほとんどわからない。
それでもやってみようと思った。
理由は売上ではなかった。
私は本を売りたかったのではない。
観測したかったのである。
AIと人間の協働はどこまでできるのか。
48歳の介護職だった人間が、どこまで挑戦できるのか。
それを見てみたかった。
転職活動から始まった話だった。
しかし気が付けば出版になっていた。
さらに海外展開になっていた。
それは計画していた未来ではなかった。
観測を続けた結果として現れた未来だった。
だから面白かった。
だから続けたくなった。
私は成功したかったというより、確かめたかったのだと思う。
自分はどこまで行けるのか。
AIと一緒なら何ができるのか。
その問いに対する答えを探していたのである。
第八章 立ち止まるのをやめた
転職活動の結果はまだ出ていない。
将来どうなるのかもわからない。
出版が続くかどうかもわからない。
AIとの実験がどこへ向かうのかもわからない。
それでも一つだけ確かなことがある。
私は以前より前へ進んでいる。
求人票を開いて閉じるだけだった私が応募するようになった。
本を書く側ではないと思っていた私が出版した。
海外展開なんて無縁だと思っていた私が英語版やスペイン語版まで作った。
私は転職活動をしていると思っていた。
しかし振り返ると違った。
本当に再設計していたのは職業ではない。
自分自身だった。
何か特別な能力を手に入れたわけではない。
突然優秀になったわけでもない。
ただ少しだけ行動するようになった。
少しだけ挑戦するようになった。
少しだけ自分を観測するようになった。
その変化は小さい。
けれど48歳の私にとっては十分大きい。
AIは人生を変えてくれない。
代わりに生きてもくれない。
しかし、一緒に考え続けることはできる。
私にとってAIは先生ではなかった。
部下でもなかった。
最強の壁打ち相手だった。
そしてこの半年は、
48歳の男が、その壁打ち相手と一緒に少しずつ前へ進んだ記録である。
AI時代とは、人間が不要になる時代ではないのかもしれない。
一人で抱え込まなくてもよくなる時代。
私は今のところ、そう観測している。
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