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【連載】第12話 ー はじまりはじまり ー|ゆっくり、だけど、確実に。

「あんたは日本におるより海外に行った方が絶対いい」

これは母親が10代の僕によく言った言葉だった。僕の性格や人間性を熟知した上でそう言ってくれていたんだと思うし、僕自身もいつからかそう思うようになっていた。高校に入ってから(それ以前もだが)ほとんど勉強もしてこなかったし、成績もだいぶ悪い方だった。学校の教え方も嫌いだったし、自分で見つけた数学の方程式を見せると「お前はそんなことせんでいい、ただ覚えて答えを出すだけでいい」というような教師がいたりした。そんな教育環境で、勉強に対する意欲など全く湧かなかった。ただ、英語だけはなぜかとても得意で学年でも上位に付けていた。海外に対しても全く恐怖心が無く、むしろ憧れていた。これはきっと幼少期から海外の文化に触れる機会が多かったせいもあり、そのきっかけを作ってくれた両親にとても感謝をしている。プロのミュージシャンになりたいという夢、いや、そんなものではなかった。超一流のミュージシャンになってやろう、という強い想いがあり、いつしか海外で自分を試してみたいと思うようになっていた。そしていよいよ、兄がニュージーランドに行ったように、自分もまず一年間留学してみようと決断した。というより、本当にそういう流れになることが自然のように感じた。

当時の僕はChick Coreaから生のジャズを体験させてもらったけれども、まだまだDeep Purpleに憧れたロック少年だった。Deep PurpleだけでなくJeff BeckやLed Zeppelinも大好きで、イギリスに留学したいなという気持ちが強かった。ところが、留学でお世話になっていた団体はイギリスと交流があまり無く、行き先の変更を余儀なくされた。でも大丈夫。そんなことは問題ない。超一流のミュージシャンになるには、道筋はどうでもいい。具体的なゴールさえしっかりしていれば、計画なんて意味のないことだ。臨機応変に生きることが一番の近道だろう。ということで、僕は行き先を変更した。家では兄の影響でブルーズがよくかかっていたし、僕が好きだった70年代ハードロックの前身はブルーズだとよく理解していた(後にジャズからもとても影響を受けていたことも知る)。

よし、アメリカに行こう!
できれば南部で生活をし、生のブルーズやロックに触れながら武者修行をするんだ!

その後、最終面接を受け、晴れて留学の許可が下りた。後はどこの都市に行くかだ。国は自分で決められたが、滞在する都市に関しては団体が決めることになっていた。できるだけ日本人の少ない場所を選択し、英語だけで生活する環境を作ってあげたいという、団体の想いと信念があったからだ。ただ、僕が音楽好きということも考慮してくれ、最終的には素晴らしい留学先を選んでくれた。

Booker T. Washington High School for the Performing and Visual Arts(以下Arts)。Roy Hargrove、Erykah Badu、Norah Jonesらを輩出した、テキサス州ダラスに位置する名門芸術高校。音楽だけでなく、ダンス、芸術、シアターと4つのクラスター(学部)に分かれており、そんな特別な高校を僕の留学先に選んでくれたのだ。そして僕は、その高校史上初の留学生となるのであった。

家族で国際交流

さて、高校3年生になり一学期が終わった。夏休みに入り、いよいよ留学する日が迫ってきた。アメリカでは8月半ば、もしくは9月から学年が開始するため日本では中途半端な時期になっていた。そしてニュージーランドに行った前回と同じく、「大学受験を控えたこの時期に留学するなんて福盛家は頭がおかしい」と周りから思われたりもしていたが、僕には全く関係のないことだし、心底どうでも良いと思った。いつも通っていた長居公園近くのカラオケで最後にもう一度盛り上がり、悪友たちに別れを告げた。いくつかのオリエンテーションを終え、飛行機が出発する東京へと行く日がやってきた。最後の最後まで両親を心配させた悪ガキも一人で旅立つ時が来たのだ。色々な寂しさと期待を胸に、新幹線に乗り東京のホテルへと夕方たどり着いた。僕はタバコを一箱買い、ホテルで一服をし早まる心を落ち着かせ、出発の日に備え、床に就いた。

次の日、東京での最終オリエンテーションが終わり、空港に向かう。ダラス行きの飛行機に乗り、日本を後にした。

10年にも及ぶ長いアメリカ生活の、はじまりはじまり。

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