気づきの質の変化について

今までは、愛着の問題に重心があったから、外部構造の気づきがテーマとして多かった。段々とその愛着の問題が解消しつつあり、言いたいことや気づきが少なくなった。熱が下がったというか。

ここ何日か、外部構造の言語化というより、自分の取り扱い方、自分の本質に近いところで、気づきが何回か起きている。

気づきの質が少し変わったような気がする。その方がテーマが重くないから、少しnoteにも書きやすいような気がする。今までは個人的な家系の問題や家族の話でテーマが重いし、言葉選びが大切だと思うことが多かったから、進まないことがあった。

外側の構造について、強いエネルギーを持って言いたいことを書きたいと思っていた理由。それは、なぜ自分はこうなのか、自分という存在の枠を外部構造に照らし合わせて見ようとしていた。そんな表現になるかな。

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