【乳がんでも1軍でいく】⑮ 放射線治療(5):最終日のBGMは…。という話
🍀13回目 月曜日 一生そばにいるから
前回お友だちになったナツミさん(仮名)。今日は、ご主人が付き添いで一緒にいらっしゃっていた。
「いつも妻が大変お世話になっております」
と、丁寧にご挨拶していただく。
待合室で、旦那さまがナツミさんの横に座り、ナツミさんがお着替えのときにはカバンを預かったり、書類を代わりに持ってあげたりするのが見えて、「こんな風に旦那さんが治療に付き添ってくださるんだなぁ……」と、なんだか感動してしまった。
一方、私の場合、検査も告知も一人で受けてきた。十何年も「ひとり親」をしているので、そういうものだと思ってきたし、そもそも、誰かに一緒についてきてもらおうという考えも浮かばなかった。
それに、もし。
たとえ誰かが付き添いを申し出てくれたとしても、私は恐らく断っていると思う。相手がショックを受けていないか、悲しんでいないか、そればかりが気になってしまうからだ。
例えば映画を観るのも、そう。
相手が退屈していないか、もしかしたら楽しめていないんじゃないか、どうしても気になってしまうから。可能な限り、私は映画もひとりで没頭して観る。……例外は、なくもなくはなくもないのだが。
ともかく。
私は、自分の気持ちを私一人で知っておきたい。
でも。
それでも、だ。
そんな私の覚悟を嘲笑うかのように、今日のBGMは、
♪一生そばにいるから~
一生そばにいて〜
菅田将暉さんの、泣かせる名曲『虹』なのよ。
まったく誰よ、こんな素敵な曲をチョイスしたのは。
………くっ。
✣ ✣ ✣
🍀14回目 火曜日 また明日ね!
朝から怠い。
背中と肩と腕と足が、とにかく重い。
でも、仕事に入ると忘れてしまう。
でも、休み時間になると、また重くなる。
その繰り返しで、給食、5時間目までを何とか終える。「もう、ダルダルでだめー」と笑いながら、同僚と放課後を過ごす。
放射線治療科へ行くと、
「あと、残り3回ですね!」
と、受付の方やスタッフの方々が励ましてくださった。
ここに来れば、どんなに身体が重くても元気をいただける気がする。
──いや。
本当は「放射線治療をしているから体が怠い」のであって、皮肉といえば皮肉なのですが。笑
今日はいつもより他の患者さんの治療に時間がかかっていたようなので、待つ間に、ナツミさんと遺伝子検査の結果のことや、腕の上がり問題、入院した時の話、お薬のこと、主治医の先生との面白話などを話す。
ナツミさんと話すと、乳がん治療中の“あるある”がいっぱい過ぎて、大笑いしながらも、ちょっと涙ぐんでしまう。
楽しい時間。
今日の照射も無事終了。
「さぁ、今日は何を歌って帰ろうかな?」
なんて考えながら自転車に乗る。
途中、信号機で止まっていたら、後ろから
「あれ、ひろみ先生〜?」
と、スイミングバッグを持った男の子と保護者に声を掛けられた。
学校にいる時と違い、濡れた髪をオールバックにしていて、サッパリした顔でアイスクリームを食べてニコニコしている。
「やっぱり先生だった~!」
と嬉しそう。
保護者の方とご挨拶をした後、
「プールだったの、いいねー!」
と言うと、
「今日、黄色帽子になったんだよ!」
と、レベルアップしたことを教えてくれた。
学校にいるときとはまた違う、子どもらしさが爆発したような元気の塊みたいだ。やわらかな夕日の中で、その子の笑顔がキラキラして見えた。
青信号に変わったので、さようならを伝えると、
「また明日ね〜!」
と手を振ってくれた。
「また明日ね!」
私が子どもたちにかける時に、一番大切にしている言葉だ。
自転車で走り出すと、さっきまで重かった体が軽くなっていることに気がついた。きっと、心が軽くなったからかもしれない。不思議だな。
帰宅後、それでも一気に疲れが出る。
ごはん。おふろ。かたづけ。子どもの提出物。明日の準備。
あとはベッドへ直行。
明日、復活していますように。
睡眠! するぞ!
✣ ✣ ✣
🍀15回目 水曜日 Hey Hey Hey Girl!
治療室前の廊下で待っていると、今日のBGMはSMAPの「SHAKE」だった。ここの選曲は、もう一体どうなってしまったの(笑)。最近は、毎日曲が変わっている。それに耳を澄ませるのも、私の楽しみになってきていた。
治療台に横になっている間は「らいおんハート」。SMAPのオルゴールメドレーが続いていく。……そういえば、私は「夢がMORIMORI」というテレビ番組にSMAPが出演していた時代、森くんのことが好きだったなぁ……
というわけで。
今日も無事に治療が終わり、検査着を整えてから技師さんたちにお礼を言って治療室を出る。
「明日でおしまいですね〜」
廊下へ出る際、付き添いの黒縁メガネのベテラン技師さんに言われた。
この方には、初日の型取りの時からずっとお世話になってきた。いつもゆったりとした雰囲気で、でもハツラツとしていて、なんというか……家業に誇りを持っている魚屋さんのお兄ちゃんを思わせるような、生き生きとした方だった。
「何があるか、最初は分からなくて不安だったでしょう」
15日間も歩いてきて、本当はもう外への出方をよく知っている廊下を、体調を確認しながら出口まで案内してくださる。治療室からは、SMAPの「がんばりましょう」が流れているのが聞こえていた。
「診療放射線技師さん、っておっしゃるんですよね。こんなお仕事もあるんだなぁと。勉強になりました」
そうお伝えすると、
「こういう仕事もある、って覚えておいてもらえて、なんか嬉しいですねー!」
と笑ったあと、
「汐見さんも運動会の練習、本当におつかれさまでした!」
と付け加えてくださった。
そうだった。
私がここに来ると、がんであることを少し忘れてしまうのは、放射線治療が、私の日常の延長線上に置かれていたからなのかもしれない。
仕事帰りに病院へ寄り、いつもの受付をして、いつもの検査着に着替え、いつものように名前を呼ばれて、治療台に横たわる。
本来であれば、日常生活からかけ離れたあられもない姿を人前で晒すことなんて、治療のためとはいえ、耐え難いものだったはずだ。
それを、スタッフの方々は特別に大げさなことにせず、まるで私の日常の続きにある出来事のように接してくださった。だから私は、ここで心配などすることなく過ごせてきたのだと思う。
帰宅して、お風呂に入る時に気がついた。そういえば今日、初めてお腹や胸への”書き直し”がなかった。
初めてのノーマーキング。
明日で、放射線治療が終わるからだ。
明日からは、お風呂でザブザブできる。
体を洗って、湯船に好きなだけつかれるんだ。
3時間くらい経つと、体が重くなってきた。手が震えるくらい、空腹感がすごい。安心感で、一気にきたのかな。
何時に眠ったのか、記憶がない。
✣ ✣ ✣
🍀16回目 木曜日 最終日
朝になっても、背中、腕、ふくらはぎの鉛のような重さが昨夜と変わらなかった。“念のため”申し出ていた半休の連絡を学校に入れる。
半日横になって、お昼過ぎになると、信じられないくらい軽くなる。それでも、鏡を覗くと目の下は黒い。疲れが肌にも出ているんだろうな……
お昼から出勤し、夕方、最後の放射線治療科へ向かう。
大好きな女性主治医の先生の診察もあった。また2週間後に、皮膚の状態を診てもらう予約をする。まれに「放射線肺炎」が起こることもあるため、これから半年間は、咳や発熱などにも気をつけながら経過を見ていくことになった。
私は、てっきり今日が最後の診察だと思っていたので、
「また先生にお会いできるんですね!よかった~。うれしいです」
と、思わず言ってしまった。
先生は「あはは!えー、そんなそんな」と笑っていたが、横にいた看護師さんが
「ねぇ~。そうなんですよ、皆さんそう仰るんです」
と、ちょっと自慢気にニコニコしていた。
そうでしょう、そうでしょう。
きっと、他の患者さんも同じ気持ちなのでしょう。だって、この先生に出会えて、私は何でも心配なことを聞けるようになったのですから。
診察室を出ると、いつものようにエレガント風な技師さんに呼ばれ、いつも通り治療室に入ってご挨拶をする。
治療台に上がる。
治療室の明かりが落ちて、青白くマシンが浮かび上がってくる。
この景色を見るのも、今日が最後になる。
──そうなるはずだ。
私の罹った「小葉がん」は、長く経過を見ていく必要があるタイプだと聞いている。どんなに前向きな気持ちでいようとも、ふとした瞬間に、そのことを思い出す。
天井に、緑色の光が走る。
いつも、キレイだなと思う。
プラネタリウムみたい。
これが、最後。
ブーン。
ブーーーーーーーーン。
いつもより数秒、長く感じた。
✣ ✣ ✣
本当に不思議だ。
これだけ毎日、放射線治療の16日間の記録をつけてきたのに、最終日のBGMの記憶だけが、ストンと抜けている。メモのどこにも、書かれていない。思い出すこともできない。BGMがかかっていたのか、どうかも。
聞こえていなかったのだろうか。それとも、聞こえていたのに、私の記憶から抜け落ちているのだろうか。
ただ、覚えているのは、放射線技師さんたちに「ありがとうございました」と言えたこと。それから、部屋を出るときに、
「お身体、お大事になさってくださいね」
と言ってもらったこと。
更衣室で検査着を脱ぎ、毎日着たマンマウェアを畳み、いつもの廊下を歩いて、受付の方や看護師さんたちにお礼を伝え、いつものエレベーターに乗って自転車置き場へ向かった。
これが、私の放射線治療の最後の日だった。
16回の照射が終わった。
終わったのだ。
明日からは、もう毎日ここへ来ることはない。
緊張の糸が切れた途端、ズシリとした重みが全身を襲う。
私は、自分で思っていた以上に、ものすごく疲れていた。
まずは帰って、ごはんを食べよう。
そして、ぐっすり眠ろう。
たぶん、それがいちばん大事だ。
✣ ✣ ✣
この16日間、たくさんのメモを書いた。
痛かったこと、可笑しかったこと。
初めて知ったこと。
嬉しかったこと。
そう。
あなたに話したいことも、いっぱいできた。
だから、
今日はここまで。
手元のノートを、パタンと閉じる。
明日もまた、私は朝を迎えて学校へ行くだろう。
自転車に乗って、風を切って川沿いを走る。
子どもたちと、「おはよう!」と元気な声で挨拶を交わす一日が始まる。
だから、続きはまた
次の場所で。
📃医療メモ
【番外編:放射線治療終了翌日】
🍀突然真っ赤に
放射線治療が終わった翌日。
日中からなんとなく気持ち悪さがあり、気力も出ないまま一日を終えました。皮膚のヒリヒリ感も、前日より強くなっているような……
帰宅後、とにかく保湿をしたくて急いでお風呂へ。もうマーキングを気にしなくていいので、久しぶりに湯船に浸かることができて嬉しかったのですが……お風呂上がりに鏡を見て、びっくり。それまで薄いピンク色だった照射部分が、くっきりと四角い形に赤くなっていたのです。
放射線治療中、私は毎日、かなりしっかり保湿を続けていました。そのおかげか、皮膚が強く乾燥したり皮がむけたりすることはなく、赤みも比較的軽いまま最終日を迎えることができていました。そんな「無事に終わったな」と思っていた矢先の出来事でした。
放射線治療科の先生によると、放射線による皮膚の反応は、治療中だけでなく、治療が終わったあとに強く出ることもあるそうです。
「海やプールで日焼けしたあと、その日よりも、帰ってきてから数日して真っ赤になったり、皮がむけてヒリヒリしたりすることがありますよね。それと似たような感じです」
とのこと。今回の私の皮膚も、まさにそんな感じでした。
照射された範囲だけが、ピッタリ定規で線を引いたように四角く赤くなっていて、「放射線って、本当に狙った場所に当たっているんだなぁ」と、妙なところに感心してしまいました。治療は終わりましたが、私の場合、皮膚のピリピリとした反応は1ヶ月ほど続いたように思います。保湿は続けました。
赤み、ヒリヒリ感、かゆみ、痛み、皮むけ、水ぶくれなど、気になる変化がある場合は、我慢せず、主治医や看護師さん、放射線治療のスタッフさんに相談してくださいね。
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