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【乳がんでも1軍でいく】⑬ 放射線治療(3):霰とA・RA・SHI。という話


🍀5月。水曜日。

初夏を思わせる風が渡る。

私は、小学校のグラウンドの隅で、音響セットの延長コードをコロコロと伸ばしていた。


今年も、運動会の練習が始まった。

私は、この季節が大好きだ。


けれど今年は、ほとんどその練習に参加できていない。乳がんの放射線治療に毎日通っているため、夏日が続く屋外での活動は、他の先生方が交代で入ってくださっていた。

そんな中、この日はどうしても人手が足りず、急きょ、木陰でできるスピーカー係を任せてもらえることになったのだ。


久しぶりに校庭へ出てみると、一番向こうにある石灰小屋までが、ずいぶん遠くに見える。最後にあそこまで走ったのは、入院前日のことだった。子どもたちとラインカーをしまい、隣の体育小屋へボール籠を運び終えると、

「よーいどん!」

で、昇降口まで競争しながら戻っていった。あれが、最後の体育だった。ほんの一か月半前のことなのに。


 これは、私じゃない。

 いや。

 これが、今の私なんだ。



スピーカーの準備が終わり、私は再生ボタンに指を置いた。

マイクのスイッチを入れ、合図の笛を待つ。

一瞬静まり返った校庭に、Mrs. GREEN APPLEの『青と夏』が流れ始めた。

クラスカラーのポンポンを手にした子どもたちが、覚えたばかりのダンスの立ち位置をめがけて、一斉に走り出す。


夏の始まりを告げるような歌声が、校庭いっぱいに広がっていく。

あふれるエネルギーをそのままに、迷いも、躊躇もなく全力で走る子どもたち。太陽の光を跳ね返す真っ白な地面を、小さな体操服が、まっすぐに駆けていく。


踊りたくて、見てもらいたくて仕方がない子どもたちが、木陰の私に気づくと、満面の笑みで手を振ってくる。

(いまは、きをつけ、だよ)

私は笑いながら同じポーズを返し、ダンスの始まりを待った。


初夏の風を受けて、ポンポンがキラキラと揺れていた。


✣ ✣ ✣


乳がん手術後の放射線治療も一週間が過ぎ、もう7回目になった。

仕事帰りに病院へ寄り、放射線治療を受けて帰宅する。そんな生活にも、少しずつ慣れてきた。

幸い、心配していたような強い皮膚炎は出ていない。治療前から続けていた保湿ケアが効いているのか、肌の状態も思っていたよりきれいなままだった。

けれど、その頃になると、私の体は別の変化をはっきり感じ始めていた。

不思議な“疲れ”だった。

どんなに疲れた日でも、夜ぐっすり眠れば、翌朝は“いつも通りの私”に戻っている。

朝ご飯は、モリモリ食べられる。放射線治療が始まってからというもの、毎朝びっくりするくらいお腹が空く。

自転車で学校へ向かい、昇降口では、

「おはようございまーす!」

と子どもたちに挨拶をする。

いつも通り始まる一日。


でも、その“いつも通り”が、日に日に短くなっていく。

午前中は平気。ところが、給食を食べた午後になると、二の腕から背中、肩にかけて、ぞぞーっと重たいものが乗ってくる。気づけば、腕や肩をぐるぐる回しながら仕事をしていた。

それでも何とか仕事を終え、自転車で病院へ向かう。照射を終え、自転車置き場まで歩き始める頃には、一歩ごとに足が地面へ沈んでいくようだった。

朝は、あんなに元気だったのに。

毎朝、私のエネルギーは満タンまで充電されているはずなのに、その「満タン」そのものが、毎日少しずつ小さくなっていく。

それでも私は、

「まだ、このくらいなら大丈夫」

そう自分に言い聞かせながら、病院へ通う日々を送っていた。




ある日のことだった。

9回目の放射線治療を終え、いつものように自転車置き場へ向かっていた私は、体の奥に鉛を抱えているような重さを感じていた。

「あぁ……今日は、もう”自分バッテリー”がもたないかもしれない」

帰ったら、すぐに休む準備をしよう。


しかし、放射線治療科のある地下から外へ出てみると、まだ夕方5時だというのに、辺りは暗く、空は真っ黒な雲に覆われていた。

病院へ来る時は穏やかだった風も、いつの間にかひんやりとした空気をはらんで勢いを増している。木々も大きく揺れ、通りを往く人々も早足で過ぎていく。

……時間の問題かもしれない。

雨に降られる覚悟を決め、自転車の前カゴカバーをしっかり閉じ、ペダルをこぎ始めた。

その直後だった。


──ボツ。

ボツ……

……ボツ、ボツ、ボツ!!


最初は、大粒の雨だった。ところがわずか数秒で、それはいっきに視界が真っ白になるほどの豪雨へと膨れ上がった。

帽子は被っている。
パーカーも着ている。

……なのに。

バラバラバラ!!
バチバチッ!!


途中から雨はあられに変わり、無数の氷の粒が、私の頭や顔に容赦なく叩きつけてきた。

頭は、ほぼ直に氷の襲来を受けてバチバチに痛い。

頬には痛みが弾ける。

猛烈な向かい風まで襲いかかってくる。

「もう、なんなんだーーー!」


心の中で叫びながら、必死でペダルを踏む。

痛い。

痛い。

本当に痛い。

それなのに。

死に物狂いで自転車をこいでいるうち、自分でもよくわからない笑いが、だんだん込み上げてきた。

ほんの数分前まで、

「どうしたらこの重だるさと付き合えるかしら……」

なんて真面目に考えていたはずの私が、今はそんなこと、もうどうでもよくなって、襲い来る氷のツブツブと全力で戦っている。

疲れどころではない。

病気どころでもない。

今はもう、家まで帰ることしか頭にない。

……もう、なんなのこれ~!!


突然こんな目に遭いながら、必死でペダルを踏み続けている自分が、なんだか可笑しくてたまらなくなった。

何の役にも立たなくなったパーカーを翻しながら、私はずぶ濡れになって、ようやく我が家へたどり着いた。

そのままガレージへ滑り込むと、ハァハァ言いながら自転車を駐め、全身についた氷の粒をパラパラと払い落として、帽子やパーカーを脱いでいった。


……ん?


病院を出るときまで確かにあった、あの重だるさが、きれいさっぱり消えている。

頭も体も、驚くほど軽い。

全力を出し切った私は、もちろん満身創痍でクタクタだった。それなのに、さっきまでまとわりついていた“疲れ”だけが、どこかへ行ってしまった。

まるで、「以前の私」が戻ってきたような感覚だった。


人間の身体って、不思議だな。
霰が、あの重だるさまで吹き飛ばしてくれたのかな。

そんなことを思ってしまうほど、久しぶりの爽快感だった。



……ところが。

お風呂を出て、いつものように保湿剤を塗り終える頃には、さっきまでの軽さは消えていた。

二の腕から背中、肩にかけて、またあの重だるさが戻ってくる。

霰の中を全力で走り抜けたような爽快感は、どうやら本当に一瞬だけのものだったらしい。


──本日のバッテリーは、時間切れです。


その晩、私はベッドに入ると、身体ごと沈み込むように、眠りの底へ落ちていった。




翌日は、朝から気温がグングン上がり、30℃を超える真夏日となった。

体育朝会も重なって、強い日差しの中で子どもたちと校庭を歩き回っていた私は、まだ10時前だというのに、もう背中と腕が重くなっていた。

「今日は、なんとか帰宅まで体をもたせたい……」

そう思いながら一日の仕事を終え、10回目の放射線治療を受けて、いつも通り病院を出る。

重い体でサドルにまたがり、自転車を漕ぎ出そうとした瞬間、私は昨日のあられのことをふと思い出した。

……もし、昨日のように体の感覚が切り替わるとしたら。もしかしたら、少しは楽に帰れるかもしれない……


私はペダルを踏みこんだ。

そうだ。
何か歌って帰ろう。

そう思った瞬間だった。



 “You are my SOUL SOUL”



……え?



今まで一度も、自分のために歌ったことのない『A・RA・SHI』という曲が、口をついて出た。

「嵐」の曲は、もちろん知っている。運動会のダンスを教えるとき、子どもたちと一緒に何度も口ずさんできた。

けれど、特別に追いかけてきたグループというわけではない。それなのに、どうして今、この歌が出てきたのだろう。


口ずさんでいるうちに、いくつもの運動会の景色が、次々と思い浮かんできた。

……ああ。

私は何年も、運動会のたびに嵐を聴いてきたんだ。

競技の練習で。

ダンスの隊形移動で。

子どもたちと一緒に、おにいさん、おねえさんたちのリレーを

「がんばれー!」

と声を上げて応援していたときにも。

校庭に立つ、小さな子どもたちの後ろには、いつも嵐の歌が流れていた。

まっすぐ走れない一年生に、ゴールテープの向こうから

「ここまでおいで!」

と声をかけ続けたこと。

装具を着けていても、みんなの真ん中で大漁旗を振り、大声援を送っていた子。

ルールが分からず不安で動けなくなった我が子の手を、黙ってつないで次の移動場所まで連れて行ってくれた男の子。


学校。

子どもたち。

我が子。

あの頃の運動会が、そのときの風景のまま、胸に浮かんでくる。


私が生きてきた記憶。

私を前へ押してくれるもの。



──走りたい。




歌はいつのまにか『Happiness』に変わっていた。

今の私は、完全に“にわか嵐ファン”だ。昨日はあられ。今日は嵐。そう思うと、なんだか少し可笑しかった。


それでも。

今だけは、自分の力で駆け抜けたい。


私はゴールを目指すように、最後の力を振り絞って、ペダルを踏み続けた。


✣ ✣ ✣


──なぁーんて

勢いよく帰ってこられた!と思えたのも束の間。“本番”は、このあとすぐにやってきた。


お風呂を出て、いつものように丁寧に保湿剤を塗り終えた頃だった。

突然、手が震えるほどの空腹感に襲われたかと思うと、全身が一気に重くなり始めた。あのゾワゾワとした疲労感が広がっていく。

「このままでは動けなくなる……!」

本能的にそう感じた私は、まだ体が動くうちに明日の準備と寝る支度までを一気に片づけた。

今日のうちにLINEを……と思って手を伸ばしても、腕が重い。肩も、背中も。まるで体じゅうに、地球の重力が一気にのしかかってきたようだった。


学校での仕事。

暑さ。

そして、放射線を受けた体の中では、私の知らないところで、修復作業が続いているのだろう。

「もう安全な場所へ帰ってきた」と体が判断した途端、先送りにしていた疲労が、一気に牙をむいたのだ。

私は這うようにして寝室へ向かい、そのままベッドへ倒れ込んだ。


✣ ✣ ✣


翌朝。

全身の疲労感は、まったく抜けていなかった。それどころか、ふくらはぎはフルマラソンの翌日みたいだ。……出たことはないけれど。


結局、私は起き上がることができなかった。

乳がん経験者の同僚からもらった「体を大事にして」という言葉もあり、私はついに決断した。


その日、私は初めて仕事を休んだ。





結論:
放射線治療中は、ひとり運動会ごっこをしてはいけません。





それ以来。
私は毎日、ゆっくり自転車をこいで帰っている。







📃医療メモ
今回の記事は、私個人の体験を書いたものです。放射線治療中の疲れ方や皮膚の変化には個人差があるため、気になることがある場合は、必ず主治医や看護師さんに相談してくださいね。

以下は、私が主治医や看護師さんから説明を受けたこと、また、毎日提出する「セルフケアノート」などに書いてあったことです。

✣ ✣ ✣

🍀放射線治療中は、疲れを感じるようであれば、休息をとりましょう。

🍀疲労は避け、適度な運動をしながら、体調に合わせた生活を送りましょう。

🍀食事に制限はありませんが、アルコールの摂取は控えましょう。

🍀照射部位への制汗剤の使用は避けましょう。

🍀照射部位が赤くなる、硬くなる、痛みや熱を持つ、かゆみやヒリヒリ感が強くなるなど、気になる変化があったら、我慢せず看護師さんに相談しましょう。


「このくらいなら大丈夫」と思っていても、体はあとから疲れを教えてくることがあります。今回、私はそれを身をもって学びました。

……反省しております。



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