見出し画像

【レベル50、最後のメール】という話

大学1年の夏休み。
ビートルズのバンドサークルの夏合宿、最終日。

夜の“余興ライブ”のあと、休憩しようとスタジオを出たところで、隣にいた同級生の福ちゃんが急に言った。


「君のことが、好きかもしれない」


……へ?
今、なんて?

困惑しながらも

えーーと、福ちゃん。
じゃあ、ちょっと話そうか。

そう言って、スタジオ横にある非常口の入り口の段に、ふたりで腰を下ろした。廊下の一番端っこは、少し冷えた空気が流れていて、真夏じゃないみたいだった。

その時、私たちは18歳だった。




「すごいビックリしたよ。」

そう私が言うと、福ちゃんはまっすぐ私の目を見て「うんうん」と真剣な顔をして頷いた。もともと距離感が近い人だったから、私はそっと身を引きながら話を続ける。

「でも、なんで私のことを“好きかもしれない”って思ったの?」

福ちゃんは即答した。

「君といると、ドキドキするから」

福ちゃんの口調は、まるで小テストの正解を言い当てるみたいで、「あぁ、福ちゃんらしいな」と、私は思った。




福ちゃんは、全国屈指の有名男子校から日本の最難関と呼ばれる大学に進学してきた、いわゆる育ちのいい男の子だった。

以前、福ちゃんは「女の子とは、もう小学校を卒業して以来ずっと話したことがないんだよ」と言っていた。その話を「私も一応、女の子なんだけどな…」と内心 不満を感じながら聞いていたが、予備校で行われた公開模試のとき、隣の席が女の子だっただけで試験に集中できなかった、その子が咳を「コホッ」としただけで頭の中が真っ白になった、という伝説を聞いて「これはホンモノだ」と私は思った。

一方の私はというと、友だちの付き添いで他のサークルのお手伝いで訪れた、新緑の眩しい5月の学園祭で、偶然、流れ聴こえてきた大好きなビートルズの演奏に導かれ、そのままバンドサークルに入ってしまったという女子大生だった。


ビートルズのバンドサークル。
女子は各学年に多くて2人くらい。あとは全員男子。でもそんな男女比なんて私にはどうでもよくて、気づけば4年間、穴のあいたソファとぎゅうぎゅうの部室でギターを弾いたり、学生会館にあるエアコンのない音楽室でライブの練習をしたり、下北沢にあるスタジオでドラムの練習をしたり。全力でビートルズと音楽を愛していた。

それが、私の青春だった。

福ちゃんはその中でも、ギターのテクニックも歌も、群を抜いて巧かった。私のドラムをよく褒めてくれた。優しいし、よくよく見るとイケメンだし、きっと世間的には“優良物件”なんだろうと思う。実際、女子大の友人たちからは合コンのセッティングを何度も頼まれた。

でも私にとって、彼らは学歴でも家柄でも将来性でもなく、ただの音楽仲間であり、遊び仲間だった。ここには書けないような“バカ”を一緒にやれる、気の合う、どこにでもいる男の子たちだった。


だから福ちゃんが、そんな私を“異性”として見ていたことに、本気で驚いた。それと同時に、こう思った。

福ちゃんは、大切にされるべき人だ。
福ちゃんに似合うのは……そう、ふんわりした、やわらかくて、いい香りがして、穏やかでやさしい、“ちゃんとした女性”。間違いない。

気がつけば私は、どこか母親のような気持ちになって福ちゃんと向き合っていた。




「でね、福ちゃん」

話は、あの夜に戻る。

「その“ドキドキ”って、もしかしたら“吊り橋効果”みたいなものじゃないかな?」

「吊り橋……」

「そう。だって福ちゃん、女の子と話したの、ほぼ初めてじゃない?知ってる女の子が私くらいしかいないなら、脳が“この人、好きかも!”って、勘違いしちゃったのかもしれないよ」

福ちゃんは、また少し近い距離で「うんうん」と頷く。

「福ちゃん、よく言うじゃない。“君は何をしでかすかわからない”って。その緊張感が、“恋”に似てたんだと思う」

私はなぜか、告白されたにもかかわらず「それはきっとワタシじゃない」アピールを懸命にして、頭の良い福ちゃんをなんとか理屈で納得させようとする変なモードに入っていた。

「それにね、ヒヨコが卵からかえったときに、最初に見たものを“お母さん”って思い込むの、あるじゃない? 福ちゃんにとって、私は“初めて見た女の人”だったから、もしかすると、恋と勘違いしちゃっただけなのかも」

福ちゃんは授業中の男子生徒のような顔で、じっと黙って聞いていた。

「だからね、福ちゃん。言ってくれて本当にうれしいけど、"好きかもしれない"じゃなくて、"本当に好きだ!”って思ったらね、そのときもう一回言ってくれたらいいと思うよ。そのときはさ、また一緒に考えようよ」

私がそう言うと、福ちゃんは「うん、それがいいね」と言った。

それで話は終わり。
私たちはスタジオにまた戻って、まだ寝ていないメンバーたちと担当じゃない楽器を手にとって、夜通しセッションをして遊んだ。

ディープ・パープル、ガンズ、ピストルズ、ユニコーン、シャ乱Q、ドラえもん……。音楽はジャンルも順番も関係なく、ただ思いつくままに鳴らしていった。でも最後には、やっぱり『Twist and Shout』に戻った。福ちゃんも私も、さっきのことは何でもなかったように、朝が来るまでずっとあの頃だけの贅沢な時間に、没頭した。




夏合宿のあと、私はバイト先の1つ上の先輩と付き合い始めた。でも次の年の春休みには、もうフラれていた。

傷心の私は、相談にのってくれていた同級生の男の子と付き合うことになって、でも「ドキドキしないのがイヤだ」と言って何度もケンカをして、やがて2つ下の後輩と付き合う……そんな【ザ・若気の至り】みたいな恋を大学卒業まで繰り返していた。

あまりに未熟で、自分の気持ちの扱い方すら分かっていなかった私は、何度も失敗しながら、手探りで誰かを好きになっていた。


その間も、福ちゃんとはバンドを組み直すたびに一緒になったり、みんなでバーベキューやドライブ、スキーに行ったりした。距離感は相変わらず近かったけれど、お互いに少しずつ“人との間合い”を覚えながら、私たちはいつも一緒にいた。たぶん、“共通の思い出”を持つ2人だったからかもしれない。みんなでごはんを食べに行くときも、歩いて駅まで向かうときにも、自然と隣には福ちゃんがいた。


福ちゃんは、毎年、私の誕生日になると0時ぴったりに「汐ちゃん、誕生日おめでとう!」というメールを送ってくれた。

ある時には、自作の歌を吹き込んだMDを作ってくれた。私が昔住んでいた街の風景を歌ったその曲は、耳に心地よくて、ちょっと照れくさかった。

楽器を持った福ちゃんは、ステージの上で本当にかっこよかった。でも、普段はただの、緊張しやすくて、生真面目な男の子だった。

なんとなく、いつも一緒にいたせいか、周りからはよく聞かれた。
「付き合ってるんでしょ?」
「もう付き合っちゃえば?」

でも、そんなふうに考えたことは一度もなかった。こんなに大切な友だちを、私の中のいちばん“複雑で整理のつかない部分”に変えてしまうなんて。──絶対に、したくなかった。

「福ちゃんだって“選ぶ権利”くらいあるんだよー」
繰り返される冗談を笑い飛ばして、”2人の関係”を変えることはなかった。

あの夏合宿の夜以来、私と福ちゃんの間で「好き」とか「恋」とか、そんな話は二度と出なかった。だから私は、あれは福ちゃんの一時の気の迷いだったのだろう、それも青春のひとコマだな、と思っていた。

私は、真面目で誠実な福ちゃんをずっと応援していたし、彼に恥じない人間になりたいと、どこかで思っていた。




大学を卒業して、私は銀行に就職し、福ちゃんは日本有数の大企業に勤めることになった。

社会人になってからも、メールで近況をやりとりしていた。学園祭のOBライブや、仲間の結婚式、同期のイベントなどで顔を合わせることも、年に数回あった。

気がつくと、福ちゃんはいつの間にか私のことを「ひろみさん」と呼ぶようになっていた。社会人になったのだから、そういうものかもしれない。でも私はずっと、彼のことを「福ちゃん」と呼んでいた。


30歳の誕生日を迎える前、私は当時付き合っていた人と結婚した。

福ちゃんは真っ先にみんなを集めてレストランを予約して、大きな花束をつくってお祝いをしてくれた。私のお祝いの席なのに、なぜかいつも通り福ちゃんが隣に座っていたのが、なんだか可笑しかった。海外に渡る私を、最後まで見送ってくれたのも福ちゃんだった。

でも、帰国後の私は、誰にも連絡をとりたくなかった。サークルの仲間ともしばらく距離を置いていた。それでも、福ちゃんだけは毎年「誕生日おめでとう!」のメールを送り続けてくれて、私は、少しずつ福ちゃんにだけは返信することができるようになった。

日本に戻ってきた本当の理由を私は言わなかったし、福ちゃんも聞かなかった。だから、「ビートルズのリマスターCDが出たね」とか「今度アマチュアバンドのライブに○○先輩がでるんだって」とか、何気ない報告や話題をメールに書くことができた。

今思えば、あのやり取りは、人生に疲れ果て、消えていなくなりたかった私にとっての“最後の命綱”のようなものだった。何の反応も手応えも希望も感じられなくなっていた日々の中で、福ちゃんだけは、確かに「現実」だった。




40才を少し過ぎた、ある日。
誕生日でもなんでもない日に、1通のメールが届いた。

それは、福ちゃんからの──結婚の報告だった。

この1年でどんな出会いがあり、どんな女性で、どれだけ好きになり、どうして結婚を決めたのか。そのすべてが、手紙のように、長く丁寧な言葉で綴られていた。

福ちゃんが結婚する。
愛する人と。

私は感無量だった。でも、ほんの少しだけ、安堵なのか、感謝なのか、それとも…寂しさなのか。自分の中で、何かを感じていた。あぁ、そうか。あの夏から続いていた“長い手紙”のような関係が、ここで閉じられるんだ。

だから私は、丁寧に、静かに、“最後のメール”を完成させた。

「福ちゃん、もう結婚するんだから、メールはこれでおしまいになりますね。今まで本当にありがとう!楽しかったね。これからは、奥さんと2人で素敵な家庭を築いていってね」

そう締めくくって、送信ボタンを押したあと、私はほんの少しだけ深呼吸をした。

それから──福ちゃんからのメールは、来なくなった。

8年間。
やりとりは、一切なくなった。




私は、40代を走り抜けた。
仕事に追われ、人生の転機をいくつも越えて、心の余裕なんてあったりなかったり。それでも日々は、充実度を増しながら続いていた。

そして去年。
私が50歳になった、その日の0時ぴったり。1通のメールが届いた。差出人は久々に目にした名前 ──「福ちゃん」だった。


「来月、子どもが生まれます。ルール違反だと思ったけど、どうしても、ひろみさんに伝えたかった」


たった一文のメールだったけれど、私はすぐに分かった。
これが本当に「最後のメール」になるんだ。福ちゃんは、むかしから、真っすぐにきちんと節目を伝える。変わらず誠実で、優しい人だと思った。きっと素敵なお父さんになる。

そして、次の行には、こう書かれていた。


「”レベル50”になったひろみさんが、これからも幸せでいてくれますように」


嬉しかった。
私は、そのメールに、福ちゃんが“パパになる”ことへのありったけの喜びの思いを込めて、返事を送った。そして、今のこと、幸せな日々のことも書き添えておいた。福ちゃんが安心してくれるなら。

すると、すぐに返信があった。

「ひろみさんが幸せだと思ったら、涙が出ました」
そしてそこからは、父になる喜びと感謝と、たくさんの幸せが、それはもう大量に綴られていた。もし“幸せな言葉選手権”があったなら、間違いなく、グランプリになると思う。

それきり、福ちゃんからのメールは止まった。

まるで、役目を終えたかのように。




どれだけ時間が経っても、どれだけ離れていても、人生のさまざまな場面を、静かに繋いでくれた人がいる。ある夜、誰かと時間が交差して、その先ずっと、どこかで細く、でも確かに繋がっているような──そんな存在が。

選ばなかった道が、正解だったと思える瞬間は、人生にそう多くはない。

でも今なら言える。
非常口の入口に並んで座っていた、あの夏の夜。あのときの私の提案は、やっぱり間違っていなかった。

だって、福ちゃんは、今、最高のパパになっている。18歳の私たちには想像もできなかったような、こんなに美しいことが起きたのだから。

恋にはならなかった。
なるはずがなかった。
恋以上に、ずっと深く、ずっと長く続いてきたこの関係が、「恋」に劣るなんて、私は誰にも言わせたくない。

繰り返し出会い直していく人生の中にいて、誰よりも長く、ずっと、真っ直ぐ関わってこられたこと。それは、私の人生の中でも数少ない、自信を持って語れる“誇り”のひとつだ。

──私の自慢の友だち、福ちゃん。


そして、これは──

99%が実話で、
のこり1%だけが、フィクション。

どの部分がその“1%”なのか。
それは、福ちゃんだけが知っている。



いいなと思ったら応援しよう!

汐見ひろみ あなたの応援が、次の物語を生み出す原動力になります。いただいたチップは、これからの活動や新しい挑戦に、そしてnoteの中での応援の循環へと、大切に活かして参ります。