【乳がんでも1軍でいく】⑫ 放射線治療(2):照射1回目はウルトラソウル!という話
🍀木曜日。
今日は、記念すべき第1回目の放射線治療の日だった。すべての“はじめて尽くし”を終え、無事に帰宅した夜。
お風呂に入る前、いつものように全裸になって洗面台の鏡に映る我が姿を見て──私は思わず言葉を失った。
なんと。
上半身に描かれたマーキングの跡が、右胸を中心に、大きな「大槻ケンヂ模様」になっていたのだ。
いや、正確にいえば、大槻ケンヂさんの、あの顔面ヒビ割れフェイスペイントか。
あまりの衝撃に、私は急いでスマホを取りに行き、記念写真を撮った。
そして、まじまじと眺める。
こ、これは……パンクだな。
いや、「筋肉少女帯」ならロックというべきか。
しばらく眺めているうちに、「ああ。今日、あの治療室で描いていた線は、こういうことだったのか」と、一日の出来事がようやく頭の中でつながった。
なんとも衝撃的な模様だな、と思う。
✣ ✣ ✣
お風呂から上がってもう一度鏡を見たとき、私は新たな問題に直面した。
放射線治療科の先生の、あの言葉が頭をよぎる。
「放射線治療の副作用に対しては、何と言っても保湿ですね! お風呂から出たら、できるだけ早く保湿してください」
患部に保湿剤を塗ることは、知っていた。もちろん、準備もしていた。しかし、自分のお胸様が、まさかこんなにもロックな姿になるとは、まったく想定していなかったのだ。
そこで、ふと頭に浮かんだ。
「この大槻ケンヂの隙間を、どうやって保湿剤で埋めればいいのでしょうか?」
笑いたいのか、大真面目なのか、自分でもよくわからない気持ちのまま、保湿剤のチューブに手を伸ばす。
「お風呂上がり、すぐに塗るのが勝負です」
看護師さんの言葉がよみがえる。
迷っている時間はない。
──やるしかない。
私は白い保湿剤を指先にとり、あみだくじのように入り組んだ線を避けながら、その隙間へ、そろり、そろりと塗っていった。もはや、傷跡が怖いとか痛いとか、そういうことは頭から消え去っていた。
今の私は、大好きな主治医の女医先生の教えを、忠実に守るのみである。
✣ ✣ ✣
……さて。
一体、今日、私の身に何が起きていたのか。
時計の針を、お昼へ巻き戻してみましょう。
🍀12:30
今日も今日とて、病院内で迷子になりながら、放射線治療科へ到着。
途中、地下のリニアック(放射線治療室)へ行きたいのに、なぜかエレベーターが上へ向かおうとするのを焦っていると、通りかかった知らないドクターが、
「リニアックですよね!?」
と慌てて止めて降ろしてくださった。
危ない危ない。
無事に辿り着くと、看護師さんたちが温かく迎えてくださる。前回いただいた「体調管理手帳」と「治療日カレンダー」を持ってきたので、ちゃんと提出したら褒められ、検査着へのお着替えを終えて戻ってきたら、また褒められた。
すっかり良い気分である。
🍀13:00
大好きな放射線治療科の先生の診察。
前回撮影したCT画像を見ながら、放射線をどの方向から、どの範囲へ当てるのか説明を受ける。私はてっきり、ビームのように一点を狙い撃ちするものだと思っていた。ところが実際は、右胸全体や脇などを「面」として照射するのだという。なるほど。今日も一つ賢くなった。
🍀13:15
いよいよ治療室へ。
ベテランの男性技師さんと、お若い技師さんにご挨拶。カーテンの向こうで検査着を脱ぎ、マンマウェア(放射線治療時に肌の露出を抑える専用の服)一枚になって登場する。
三段のステップを上り、細長い台へ。
最初にお尻をつけて座り、その後「ヨイショ」と足を上げる。ふくらはぎの下に台を置いてもらうと、少し膝が曲がるようにセットされる。両腕はバンザイの形で固定具の上へ。背中やお尻の位置を正確に合わせるため、上半身を微妙にムニムニ動かされながら、ベストポジションが定められていく。
今日はまだ、すぐには照射しない。
まずは、位置確認のCTを撮る。
黒縁メガネのベテラン技師さんが、
「どんなことをするのか、まだ不安でしょう。でも、すぐ慣れますからね!そして、慣れた頃には終わっちゃいますからね!」
と、笑わせてくださった。
「今日だけ少し時間がかかりますけど、次回からはすぐ終わりますからね〜」
笑顔で声をかけてくださる。
台の両側では、技師さんどうしが
「はい、2.2かな!」
「台は完璧!」
そんな明るい掛け合いが続く。息もぴったりだ。この仕事に誇りを持っておられるんだろうなぁと思う。
✣ ✣ ✣
その頃になって、私は、治療室に流れるBGMが「B'zメドレー」のオルゴールであることに気がついた。
最初に聞こえてきたのは『いつかのメリークリスマス』。ちょっとしんみり聴き入っていると、次のCTの時には「いらない、何も捨ててしまお〜」と「LOVE PHANTOM」にかわっていた。
正確にマーキングされる技師さんお二人の後ろで「少しのズレも許せない〜」という、あまりに絶妙な選曲。奇跡のようだ。「次は何かな!?」次第に私は真剣にBGMに耳を傾け、心の中でワクワクし始めていた。
そんな中、仕上げのマーキングが始まった。
しかし。
これがもう……
信じられないくらい、くすぐったい。
脇腹や胸の周りを、お名前ペンがサワサワサワ……
「大丈夫ですからね〜」
「順調ですよ〜」
優しく声をかけてもらうものの、極度のくすぐったがりの私は、お返事もできず、ただ耐えるのみ。
世の中の放射線治療経験者の皆さんは、このサワサワを乗り越えてきたのか。そう思うと、心の底から尊敬してしまう。みんな黙っているけれど、本当に偉い。
そして、いよいよ、本日最後のメインイベント。照射が始まる。
技師さんが、台の横のゲートみたいなものをパタンと閉め、私は治療室にひとり残された。
「は〜い、それでは始めまーす」
その瞬間だった。
私の耳に聞こえてきたBGM、それは──
「ゆ〜め〜じゃない、あれもこれも〜、今こそ胸をはりましょう〜!」
まさかの『ultra soul』。
なんというタイミング。
今まさに、胸を張って固定されている私への、これ以上ない応援歌である。
心の中では全力ジャンプ。
でも体は、一ミリも動けない。
「ビー。ビーーー」
照射中、機械が回るときに白い天井を見上げていたら、SF映画でよく見るような緑色のビームが、横一線に走っていくのが見えた。
「そして輝く、ウルトラソウル!」(Hey!!)
プラネタリウムみたいで、キレイだなぁと思った。
✣ ✣ ✣
照射が終わると、操作室にいた技師さんが、
「はーい、おつかれさまでした〜」
と、明るい声で治療室へ入ってきた。
その時。
部屋の照明が明るくつく前に、ひとりの技師さんがサッと私の横に来て、マンマウェアの前を閉じてくださったことに気がついた。
……あ。
そうだ。
マーキングの間もそうだった。
肌に触れるのは、線を引くためのペン先だけ。そして、位置合わせが終わるたび、線を一本引き終えるたび、自然な手つきでウェアの閉じて胸元を隠してくださっていた。
私は、そのたびに、
「ありがとうございます」
「はい、大丈夫です」
と、返事をしていた。
でも、本当は。そう答えながら、胸の奥では、ずっと別のことを考えていた。
手術の傷が残る胸を、両腕が真上に固定された状態で、明るい蛍光灯の下で複数の男性技師さんの前にさらすこと。平気な顔はしていたけれど、私は平気だったわけではない。
乳がんになったからといって、何も感じなくなったわけではないし、慣れたわけでもない。
傷跡も。
治療も。
男性の前で、引きつれた胸を見せることも。
ただその時間だけは、「平気です」という顔をしていただけだった。治療を受けるためには、その顔をするしかない。
技師さんたちは、そのことを何も言わない。声をかけるときは、一人の患者として、不安にならないよう明るく接してくださる。そして治療が始まれば、放射線を正確に当てていくための対象として向き合ってくださる。
技師さんたちは、私の体だけではなく、私が最後まで守りたかったものまで、大切に扱ってくださっていたのだ。
ほんの僅かの間に、マンマウェアの前紐を蝶々結びにして、起き上がった時に胸元が開かないように留めてくださっていた。
そのことに気づいたのは、治療が終わってからだった。
🍀14:00
終了。
ロッカーでお着替えをする。
照射したばかりの素肌の上に、そぅっとグンゼの「メディキュア」を着る。胸元から覗くと、マジックペンの跡がチラリと見えた。どんな仕上がりになっているのかな。帰ったらゆっくり見てみよう。
それにしても、ここまで最新の医療なのに、最後の位置合わせは「マジックペン」。なんだかおもしろい。
着替えを終えて、受付に行き、お会計の方法や今後の流れを教えていただく。これからは、毎日の支払いではなく、週にまとめて一回でいいこと。毎週同じ曜日に先生の診察があること。これから始まる日常を、一つずつ教えてもらった。
・・・・そして、
話は冒頭へ戻るのである。
✣ ✣ ✣
私はかつて、「1軍パンツ一丁姿」を写真に撮り、自分の身体と真剣に向き合ってきた女である。
だから今回も、想定外の出来事に動じることなく、堂々とポーズを決め、「大槻ケンヂ模様」の記録写真を撮ることができた。今見ても、なかなか味わい深い一枚である。
こんな特殊な経験が、まさかここで役立つとは。
人生とは、ときどき忘れた頃に伏線を回収してくる。私の歩みに、無駄なことなど一つもなかったのである(キリッ)。
🍀追記:18:00
家にいると、なんとも言えない気持ち悪さと怠さが襲ってきた。
「まさか、これが副作用……!?」
と身構えたものの、よく考えれば今日は夏日。仕事を終え、初照射で緊張し、そのあと高湿度の中を自転車で帰宅。……普通に水分不足ではないか。そう思い至り、ポカリスエットを少しずつ補給。
「ママ、ちょっとだるいのよ〜」
と、子どもに宣言し、そのままベッドへ。
爆睡。
🍀20:30
華麗に復活。
お腹も空いた。
子どもと今日一日の「B'z事件」と「大槻ケンヂ事件」をぺちゃくちゃ話しながら、大笑いする。
よし。
明日もしっかり水分をとって挑もう。
私の1軍の戦いは、まだ始まったばかりなのである。
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