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ヌード撮影における肉体の無機質さへの追求 〜誰しもが何者にでもなれる時代に〜

着飾らない、生身のからだ。
自分は裸体でどこまで表現できるだろうか。

撮影:黒崎三眼


以前、子宮筋腫の手術をするかもしれないので記念撮影としてヌードを撮っていただいた。それ以降も、写真家で友人の黒崎三眼さん限定でヌード撮影を続けている。

アートとしてのヌード。
黒崎さんと出会って1年、友人としての信頼関係があるからこそヌードでの共同作品が成り立っている。

発端は黒崎さんの「ビニール袋かぶったヌードって面白そうだよね〜」の言葉から始まる。

「生物としての身体が無機質に見えたら面白そう」と思った。
人間の肉体をいかに“物”として認識させられるか。

写真に写った物は、現実には触ることは出来ない。音も、匂いも、直接感じる事は(今の技術では)不可能だ。
現実の肉体は、ひとたび写真の中では無機物となる。

『モデル活動』では“自分らしさ”を表現したいと思っているが、『被写体』という物として“アイデンティティの不在”にも興味があった。


“汐音葉月”といえば、着物と眼鏡と煙草だ
ゴミ袋以外なにも纏っていない
顔も隠れているので、
誰が写っているのか分からない


誰しもが何者にでもなれる時代に、何者でもない被写体になること。

個人的には面白い試みで表現の幅が広がったと思う。

貝殻を背骨に沿って並べてもらった
標本または化石を意識した
ヒトであるけど、
脊椎が剥き出しの動物みたいだ


フルヌードを自ら世に出すのも、最初は躊躇った。せっかく撮っていただいた物を投稿するのに、数ヶ月は時間を置いた。
一度勇気を持って投稿すると、意外なことにマイナスな思いをすることは無かった。それは、賞賛の言葉を送ってくれた友人やフォロワーの皆様のおかげである。

もちろん、好奇な目で見られることは増えた。それはフォロワーの数が短期間で大幅に増えたり、見ず知らずの人からのコメントだったり。
それでも、コメントを制限する機能などを使えば快適である。自分の中で自衛と線引きが出来れば、ヌードの表現は意外と苦にならなかった。

これからも自分のできる表現は続けていきたい。

実は自分の身体に対してコンプレックスだらけなので(元々肥満気味だったり、二の腕やお尻のたるみが気になったり)、サボらずに鍛え続けて引き締めたいと思う。

そういえば、黒崎さんが海辺でのビニール袋のヌードシリーズに名前を付けてくれた。

“Pulsation Translucide”
『透過する脈動』

海外認定サイトではいくつか受賞されたらしい
DEHAZEDの中でも特に難しい
ベストオブの赤バッジ


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
Instagramでは日々投稿しているので、そちらもご覧いただけましたら嬉しいです!

汐音葉月 Instagram


黒崎三眼 Instagram

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