手放して、手に入れたもの
バルセロナに移住してもうすぐ一年が経とうとしている。この一年の暮らしを一言で表すならば「圧倒的に不便」だ。
思い通りにならないのは日常で、とにかく何をするにも時間を要する。
薄切り肉を求めて30分歩く。白ものはうっかり洗濯するとグレーになる。洗濯機、扇風機、エアコン‥家電が眠りの妨げになるくらいうるさい。荷物の受け取りには1日潰す覚悟が必要。無くしたら最後、落とし物は戻ってこない。役所の予約は永遠に取れない。窓口へ行けば担当者ごとに主張が異なりたらい回しに合う‥etc.
インフラの不安定さ、文化や価値観の違いから来る困りごとの連発。現地の言葉でコミュニケーションが取れないことに引け目は常々感じている。でも、それとは関係なくこの国では多くの人が同じような不便さを受け入れながら暮らしているようだ。
とある日、楽しみに待っていたソファが届いた。組み立ての途中で作業員の手が止まり、「ネジが3本足りない」とお手上げポーズをした。中途半端な状態で放置されたソファが完成したのは1週間後だった。また別の日、注文から3ヶ月は待ったダイニングチェアが届いた。が、2脚足りない。さらに待つこと数日。ようやく揃った残りの2脚は梱包もない、わずかに傷もある明らかな展示品だった。同じ日に届く約束だったフロアランプも届かない。担当者とのやりとりで繰り返されるのは、謝罪ではなく責任回避の言葉だった。奮発して買ったランプは結局届かないまま、店が倒産してしまった。
日本では考えられない出来事の連続。悔しさや虚しさに襲われる。やり場のない怒りに涙も出る。それでも私は学んだ。いちいち腹を立てていては身が持たないということを。
そこで、まずはこれまでの暮らしの当たり前を捨てる。「予定通りに進まないのが普通でスムーズに事が運べばラッキー」と考える。最初から期待をしなければがっかりすることも少ない。もちろんいきなりの切り替えは難しい。移住前、日本にいながらVISAを取るやり取り(もっと大変!)から始まり、2年を経て思考が完全にアップデートされた。
せっかちだった私は忍耐力も鍛えられた。日本だったら何度も続けたら失礼かな?と躊躇することも2度3度しつこく確認するようにもなった。受け身でいてはいけない。自分ごと、当事者としての意識を強く持つようになった。
この国では『正しさ』が必ずしも最優先ではない。時間や約束を守る、人に迷惑をかけないといった日本人が誇る、誠実、正直、まじめな気質で立ち向かうと肩透かしを食らう。『まぁいっか』と許容しあえる"いい加減さ"を程よく持ち合わせないと、自分が苦しくなる。
その様をルーズと表すのは簡単だが、住んでみて分かったのは、この国にはルールに縛られず個人の事情を尊重し合う懐の深さもあるということ。そこに助けられる機会も多いということ。柔軟さや寛大さは学ぶべきものが大いにあるということ。その話はまたいつか。
『ここでの暮らしはこういうものだ』と受け入れた今、私はこの不便な暮らしに愛着を抱きつつある。それは、自分の考え方や行動を変えて適応してきたという小さな自信、何より望んで飛び込んだ環境だったからかもしれない。
バルセロナ移住の一番の理由は息子だったけれど、私にも挑戦したい理由があった。
それは、「人生で一度は海外に住んでみたい」という昔に抱いた憧れではない。もっと危機感のような、焦りだった。
いつしか日本で暮らしていて困ることがなくなって来たことに気が付いた。問題が起きても、たいていは解決できる。相談できる友人や知人がいる。長年の仕事や活動を通して、人に力を貸してもらえるだけの信用も積み重ねてきた。でも、それだけで今の自分があるわけではないことも分かっている。世界屈指のインフラ、母国語という強い武器、日本という恵まれた環境に支えられているからこそ、困らずに暮らすことができていた。
その安心感は、同時に小さな違和感を生んだ。『このまま居心地の良い環境に居続けてはいけない‥』私の中の小さなアラートが鳴り始めた気がした。
人生は、まだ長い。
この先限られた自分のエネルギーを「困らない環境」を維持することに使いたいだろうか。
答えは、ノーだった。
便利で快適で困ることのない暮らしは確かに居心地がいい。それでも振り返れば私自身が大きく成長できたのは、いつも思い通りにいかなかった時。困難に向き合い、悩み、もがき、時に人に助けてもらいながら一歩ずつ乗り越えてきた。
そのことに気づいた瞬間、自分を支えてくれていた環境を一度手放したいと思った。
近年は、日本の将来に不安を感じて海外へ移住するという話もよく耳にする。
でも、私の場合は逆だった。
日本という社会への不安ではなく、日本という恵まれた環境の中で、自分自身の成長が止まってしまうことへの不安。
私が欲しいのは困らない人生ではない。
私が手に入れたいのは困っても自分の力で乗り越える為の人間力だ。
そうすれば自分自身の困難はもちろん、周りの人に訪れる困難にも、今よりもっと逞しく向き合えるはずだ。
それが、私が移住を決めた理由だった。
そうして一年が経った今、ようやく分かったことがある。
バルセロナでの暮らしは、これからもきっと思い通りにはいかない。
でも、その不便さがあるからこそ、立ち止まり、考え、工夫をこらす。人とつながる機会も生まれる。
「〇〇のスーパーで初めてオクラを見かけたよ」
「今日〇〇でニラをが売ってたから買っておいた!」手に入りづらい日本の食材を見つけては、そんな連絡を交わし合う友人が出来た。この何気ないやりとりに私は密かに幸せを感じている。互いに役立つ情報や知恵を寄せ合って、助け合う。相手を想う気持ちがなければ決して生まれないやりとりだから。
私が日本に帰省している間、友人のひとりがわが家の換気やパトロールを買って出てくれた。いつもおいしいごはんをごちそうになっているお礼をしたいと。心底嬉しかった。互いが得意な事、出来ることを出来る時に支え合う、思いやりとフェアな関係性から成り立つ交流はとても心地がよい。
日本なら「買えばいい」で済むことも、こちらではそうは行かない。「どうやって作ろうか」「何かで代用できないか」と考える。すぐに手に入らないから大事に使う。壊れたら直してみる。手間や時間をかけて向き合ったそのプロセスが物への感謝や愛着を育ててくれる。
最初は「ない」ことを不満に思っていたのに、いつの間にか「ないから工夫する」を楽しんでいる自分がいた。
試行錯誤して、時に悪戦苦闘する。もがきながらも前に進む日々に「生活を営んでいる」という確かな実感がある。今の暮らしに、便利な自動運転モードはない。仕事に没頭するあまり効率を愛して来た私はもういない。
不便は人々に工夫するきっかけをもたらし、その結果、日々の暮らしの中に充実感を見出せる。それこそが、今わたしが感じている豊かさの正体だった。
この街での暮らしは便利さと引き換えに、日本では忘れかけていた感覚を思い出させてくれた。そこには不便さをもしのぐ、居心地のよさがあった。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければサポートよろしくお願いいたします。