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4-3 小説【鏡の中の宝石(仮題)】

 夕食時のミース寮。ネルビが首飾りを返しに来るとのことで待っていたサナのもとに届いたのは司令官布告。ネルビの名前を見つけて何かあったか彼女は思い至る。そして2人が部屋にいないうちに《珍客》が……


第四章 大盗賊アエスラと居酒屋の店員ニーナ

  3

 ミース寮では夕食が始まる前だった。
 サナとユナは当番として立ち働いていた。
「サナ、あの人、来ないね」ユナはサナとずんどうを大きなテーブルに運びながら言った。
「そうですよね……」サナは眉をひそめた。
 そろそろネルビの主人が祖父の形見の首飾りを返却に来るはずだった。約束を破るような人にも見えなかったし、きっと何かの事情があって遅れているんだろうと考えた。外は雨で足許も悪いし、今日は金曜日で何かと忙しいのかも知れない。

 サナはママ・ミースから木曜日の帰寮時、あの後に引き返してきた故郷グラディスの三人組から村の学校の同級生からことづかったという手紙を受け取って、部屋で読んで前夜に続いてまた泣いてしまった(またそのまま寝てしまったので勉強が出来ず、今日の授業も昨日同様、惨憺たるものだった)。

 手紙の内容も嬉しくて仕方がなかったが、わざわざ戻ってきて手紙をことづけてくれた三人衆の気持ちも嬉しかった。更にサナは驚いたのは、手紙の最後の一ページに書かれていた内容だった。曰く
『あの三人、狩人の修業のために都に行くなんて言ってるけどそんなこと誰も信じてないから。あんたが新しいところで大変だろうから助けてやろうという気持ちなんよ。
 大丈夫かしら、あの三人。とにかくあの子たち、村を出るまでの一ヶ月、さんざん村のみんなから攻撃されてね。かわいそうだったの。それでもあの子たち、都に行く! の一点張り。まあ見事なもんだったのよ。また手紙書きます。サナも手が空いたらお願いね!』
 あんな手紙読んだら泣くだよ、そりゃ……と思いつつ、サナは当番に励んだ。

 夕食が始まり、強まった雨の音を聞きながら楽しく終わり、当番が中心となって片付けが始まり、当番以外の寮生は夜の勉強の前のしばしのお茶を楽しんでいた。これから夜中まで勉学にかかるので、ここで一息、というところだった。当番の片づけが終わるまでの二十分ほどがだいたいその時間に充てられた。
「ネルビさん、遅いわね」さすがにママ・ミースもそわそわし始めた。
「どうしたんですかね。何かあったんでしょうか」サナは窓の外に目をやりながら言った。

 そこに来客を知らせる鈴が鳴らされた。ママ・ミースとサナとユナは、来た!……と椅子から飛び上がって一緒に明かり石で薄明るい玄関に走った。しかしそこに立っていたのはミース丘のふもとにある治安維持部の交番に詰めている兵士だった。

「夜分申し訳ありません。司令官布告の書状をお持ちしました」彼は雨具を着けたまま敬礼した。外の雨量がとても多いのか、彼の足許には早くも大きな水たまりが出来つつあった。そして、その雨具の水気に濡れないよう書面を取り出した。「もう少し早くお持ちすべきだったのですが、事務作業に滞りがありまして」

 ママ・ミースは受け取った。
「ご苦労様。ありがとう」彼女がそう言うと、彼は軽く会釈をして出て行った。
「司令官布告って?」ユナはママ・ミースの手にした書面を見て言った。
「うちの近衛さんが何か重大な発表をする時に市民に出す報せよ。話には聞いていたけど、受け取るのは初めて」ママ・ミースは書面を広げて目を落とした。サナとユナは両脇から彼女を見ていたが、彼女が目を見広げ、紙を破らんばかりに両手に力を込めていた。
「ママ、どうかしたですか?」サナはママ・ミースの様子に不安になった。

ママ・ミース


 ママ・ミースは一度サナの顔を見て、また紙面に目を戻す。
「来ないはずよね、ネルビさん。来られるはずがない……」ママ・ミースはやっと言った。
「え? 来られるはずがないって? なんで?……」
 力なくこぶしを緩めたママ・ミースの手から書面を取った二人は文面を追った。
 そしてママと同じように身体を硬直させて手を震わせた。

 布告の文面を見ただけでネルビの身に何が起こったか理解出来た。〝目下首都において連続殺人事件が発生中にて〟という一文で始まり、〝雑貨店〈ネルビの店〉で顧客名簿に氏名と住所を登録した者及び同一家屋に居住する者全員〟は〝最寄りの国軍諸施設に退避し、保護を受けられたし〟とくる書面を見せられて、ネルビ自身が五体満足で無事だ、と考える者がいるだろうか。連続殺人事件という業火にネルビが焼かれていないと思うほうがどうかしている。

 サナは膝を折りそうになった。
 首都に来て一ヶ月半足らずでいきなりこんなことに出くわすとは……
 ママ・ミースは気を取り直してすぐに食堂に戻り、まだお茶を取っていた生徒たちにここにいない友達に戻ってくるように呼びに行かせ、全員揃ったところで近衛さんの布告を告げた。彼女が念入りに生徒たちに尋ねたのは、この中に〝雑貨店〈ネルビの店〉で顧客名簿に氏名と住所を登録した者〟がいるかどうか、だった。
 結果、いなかった。

 やはりあの店の品はしがない女生徒たちには高嶺の花なのだった。ママ・ミースもあそこに行ったことはない。その横の人気の茶店には何度か行ったが、どうしたわけかその隣の《ネルビの店》には足が向かなかった。サナは、余り言いたくなかったが、あの首飾りはどうなったのかな、と思わざるを得なかった。ネルビが亡くなった直後、そんなことを言うのは不謹慎なような気がしたのだ。そんな場面で、ママ・ミースの一言は救いだった。
「サナ。あなたは首飾りの件で近々二十一連隊基地に行って確認しないといけないね」
「はい……もしあのお店から盗まれてなければ、返してもらえるですかね……」

 司令官布告で動揺したのはサナとユナだけだった。二十分ほどのお茶が終わって解散後、生徒たちは二階と三階の自室に引き取った。重い足取りで最後に階段に足をかけた二人に、ママ・ミースが「まだあの子たち、住まいが決まらないのかしらね」と声をかけた。

 グラディス三人衆が昨日の朝、村の同級生たちの手紙を届けに戻った時、彼らはママ・ミースに、どこか安いアパートを斡旋してくれるところを知らないか、と尋ねたのだった。彼女は職業柄、若い学生や勤め人たちが安く生活するための情報を集める場所を知っていたので、そこを教えた。学生センターというべき場所で、それはレイエフィルナの《知の殿堂》と呼ばれる国立図書館内にあった。

 最高権威の学問の塔として君臨する図書館だが、特に学を求めない者たちにも優しい施設なのだった。ただグラディス三人衆が急に行っても相手にされがたいかも知れないので、ママ・ミースが紹介状を書いた。高等学校女子寮の寮母という肩書きの紹介があれば係官もそれなりの対応をしよう、というものだ。
「ん?」ママ・ミースは玄関の郵便受けに油封筒が入っているのに気付いた。誰か来れば気付くはずなのに、強い雨の音で聞こえなかったらしい。近付いて取り上げると、「サナ宛ね。あの三人組からじゃない?」と言って渡した。

「ありがとうございます」サナは封が中途半端な封書を受け取り、ちょっと濡れた紙切れを引っ張り出した。「あ、住むところが決まったんで知らせてくれたですね。えと、〈赤貧亭〉って知ってますか? よりによってこんな名前のアパート、借りなくても……」
 サナはママ・ミースに文面を見せた。それには下手くそな字でこう書いてあった。
『俺たちの宿は上ピーズ街区九四番地の〈赤貧亭〉。そっちからだとピーズを通る第二十九街路を通って、ピーズ手前のカラ橋の一ブロック手前。明日の昼過ぎ、迎えに行く。寮母さんにお礼を。プラ、スラ、クラ』
「図書館の学生部もよくこんなところを紹介したわね。場所柄、賃料は安そうだけど」ママは呆れて微笑み「じゃあ、戸締まりの当番だけ、お願いね」と言って自室に引き取った。

 サナとユナは薄明の階段を上がった。
「ネルビさん、何てことになったんでしょうね……」
「何があったのかな……連続殺人事件なんて」
「何だか妙な胸騒ぎがするですよ……」
「変な話だけど、明日の友達との食事が気晴らしになる?」
「あ、先輩も来てください。みんなに紹介したいですし」
「いいの、わたしなんかが行っても?」
「是非! 先輩みたいな人と一緒だから安心してってあの子たちに言いたいんです」

 ユナは、じゃあ、と言って一緒に行くことになった。
 サナとユナは背中合わせの自分の机に向かって勉強を始めた。もともとは四人部屋なので勉強机も四人分あり、それらはお互い背を向けるように、二つずつ壁に向かって配されていた。サナとユナは窓際の机を一つずつ使っていたが、隣同士にすると気が散って勉強手出来ないからだという。
 ユナは友達に用事があるとのことで席を外した。サナも同時に、あたし、ちょっとお腹が痛いのでトイレ行ってきます、と言って席を外した。十分ほどして手を拭きながら戻ると、思案顔のユナが部屋の前にいた。

「あれ、先輩、どうしたですか? 友達とケンカでもしたです?」
「あ、サナ。あなた、やっぱりトイレにいたのよね?」ユナは妙なことを尋ねた。
「はい?」サナは静かにユナを見つめた。
「いま戻ったのよね?」
「はい」
「じゃあ部屋には誰もいない?」
「はい……」
「おかしいな。部屋から物音が聞こえてきたの。あれサナ、部屋から出なかったのかなって思ったんだけど、そんなはずないと思ってね。微かな音だったんで空耳だったかも知れないけれど」ユナを唇を歪めて、首を傾げた。サナは扉を開けた。鍵をかける習慣がないので誰かが入ることは可能だが、無断で他人の部屋に入ってくる無粋者は寮にはいない。

 入ってすぐの部屋の両側に二段ベッドが設置されている。二人とも高いところが好きなのでそれぞれ上段に寝ていて、下段にはかばんや教科書、本、制服などが投げてある。
 窓辺のテーブルは勉強の合間などにユナとお茶を飲むために使っている。
 そこにも足跡や動かした形跡もない。

 サナは明るい室内を一渡り眺め、自分の机を調べた。羽根ペンが転がり、左袖側に教科書と参考書が置いてある。ユナの机の上には辞書と教科書が開いたまま置いてあり、ノートは彼女が持ったままだ。サナは窓を調べたが、こちらも異状なし。鍵はかかっていないが、開けられた形跡はない。
「ねずみだったですかね。特に変わったところはないですもんね」室内にねずみがいることはサナにとってはどうでもいいことらしい。ユナはその言葉にも反応して、震えた。

 サナは引き出しを開けてみた。
 一番上の抽斗には例の小さな絵がしまってある。
 絵の中の少女をしばらく見つめ、ほんの少し眉をひそめ、抽斗を閉めた。
「やっぱりわたしの空耳だったのかしら」ユナがつぶやいて扉を閉めた。
「ねずみだったですよ、きっと」サナは笑って、自分の机に向かった。
「それもヤだけどね……」ユナはもう一度震えて、彼女も自分の机に向かう。「ねずみ出たらやっつけてね」
「善処するです」
「そこを何とか……」
 二人は明日の授業を乗り越えるため、勉強に入った。
 サナはこの二日ほどの遅れを取り戻さなければならなかった。
 明日は午後一の放課後に、水曜日に続いて集会所で講師のバイトがあるし、時間が幾らあっても足りないのだった。


4-3 了

以上です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

次回は10月31日(金)の夕方〜夜にアップ予定。
また次回もよしなに願います!

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