『北斗の拳』は愛の物語
北斗の拳という作品を、昔の僕は「世紀末のバトル漫画」くらいに思っていました。
「お前はもう死んでいる」とか、
「アタタタタタ!」とか、
敵が爆発するとか。
独特な激画調も含めて、なんとなく“昔流行ったハードな漫画”というイメージだったんです。
ですが、一度しっかり読んでみると、印象はまるで変わりました。
この作品は、本当に“愛の物語”なんですよね。
僕が『北斗の拳』を読むきっかけになったのは、実は会社でした。
今働いている会社には『北斗の拳』が好きな人が多くて、特に代表が好きなのでそれだったら読むか。と
その中で、出てきた言葉があります。
「愛って、大切に思う気持ちのことよ」
作中のセリフなのですが、この言葉を会社でもすごく大切にしていて。
自分が大切にしているもの。
相手が大切にしているもの。
それをちゃんと大切にできる場所であろう、という考え方が、文化として根付いています。
最初は、「そんなテーマの漫画なんだな」くらいに思っていました。
でも、実際に読んでみると、本当にその通りでした。
主人公のケンシロウは、ずっと“愛”のために戦っているんですよね。
仲間を守るため。
大切な人を取り戻すため。
苦しんでいる人を見過ごせないから。
だから戦う。
そして面白いのが、敵側もまた、“愛によって壊れてしまった人たち”なんです。
『北斗の拳』には、「愛ゆえに」という言葉が何度も出てきます。
愛ゆえに苦しみ、
愛ゆえに狂い、
愛ゆえに憎み、
愛ゆえに壊れていく。
でもこれって、現実の人生も本当にそうだなと思うんです。
人は、どうでもいいものでは深く傷つきません。
大切だったから苦しい。
愛していたから悲しい。
特に僕は、サウザーというキャラクターがとても印象に残っています。
サウザーは、最初こそ冷酷で、血も涙もない支配者のように見えます。
「愛などいらぬ!!」
という有名な言葉もありますし。
ですが物語が進むにつれて、彼がなぜそうなったのかが描かれていきます。
彼は幼い頃、自分が心から慕っていた師匠を失いました。
その時の悲しみが、あまりにも大きかった。
愛したからこそ、耐えられないほど苦しかったんですよね。
だから彼は、「だったら最初から愛なんていらない」と思ってしまった。
この感覚、僕にはすごく分かる気がしました。
大切にしていたものが壊れた時。
信じていた関係が終わった時。
守りたかったものを守れなかった時。
人は時々、「こんなに苦しいなら、最初から大切にしなければよかった」と思ってしまう。
“愛などいらぬ”という気持ちは、強さではなく、深く傷ついた人の叫びなんだと思います。
だって、持たなければ傷つかないですから。
でも、ケンシロウは違うんですよね。
ケンシロウは、本当にたくさんのものを失っています。
仲間を傷つけられ、
裏切られ、
時には大切な人を目の前で失う。
正直、「もっと警戒した方がいいのでは」と思うくらい、人を信じるんです。
不器用なくらい真っ直ぐで、優しい。
そして、そのたびにちゃんと悲しむ。
怒り、涙を流し、それでもなお、人を大切にすることをやめない。
ここが、『北斗の拳』がただのバトル漫画ではない理由なのだと思います。
たぶん、多くの人は本当は“愛を捨てたくない”んですよね。
でも、傷つきすぎると、人は閉じてしまう。
期待しない。
信じない。
深く関わらない。
その方が安全だから。
それでもケンシロウは、悲しみを知りながら、なお愛を捨てない。
だから読者は、「本当は自分もそうありたい」と、どこかで思ってしまうのかもしれません。
僕自身も最近、悲しいという感情を感じることが増えました。
人と関わる仕事だからこそ、関係が終わってしまうこともある。
誰かが苦しんでしまうこともある。
そういう時、本当に悲しいんです。
分かりやすく落ち込みますし、感情も荒れます。
でも最近、少しだけ思うんですよね。
「あぁ、自分はちゃんと大切にしていたんだな」と。
悲しいということは、それだけ大切だったということだから。
裏切られたと感じるのも、信じていたから。
寂しいと感じるのも、愛情があったから。
どうでもいい相手には、そこまで心は動かない。
だから最近は、悲しい時に少しだけ晴れやかな感覚もあるんです。
もちろん苦しいです。
できれば感じたくないくらい。
でもその痛みの中に、「自分はちゃんと誰かを大切にできていた」という感覚が残る。
それが少し、救いになる。
なんだか天気雨みたいだなと思います。
晴れているのに、雨が降っている。
嬉しいのか、悲しいのか分からない。
でも、そのどちらも本物なんですよね。
『北斗の拳』は、きっと「愛は素晴らしい」というだけの物語ではありません。
愛すると傷つく。
失う。
時には壊れてしまうこともある。
それでもなお、人を大切にするのか。
その問いに対して、ケンシロウはずっと、「それでも愛を捨てない」という生き方で答え続けていたのだと思います。
だからこの作品は、何十年経っても、多くの人の心に残り続けているのかもしれません。
